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勾玉キッス☆
官能リレー小説 - 性転換/フタナリ

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勾玉キッス☆ 116

 意味がわからない。頭の中クエスチョンマークで満載にして首をひねるが、裕美は詳しくは話さなかった。
 ただ、簡潔にこう言った。
「わかるのよ。たぶんミヤビとも絆ができたんだわ」

「絆……」

 言っている意味はわからないが、裕美の確信的な表情に俺はそれ以上考えるのをやめた。
 ちゃんと後で話してくれるだろう。もしそうでなくても、裕美の判断は信頼できる。

「ナイショ話はおわたかなー? 今日はしかたないが、明日は約束ね」

 ひそひそ話が終わったのをみはからって、ルオが声をかけてくる。
 俺は苦笑しつつ頷いた。

「でも本当に筋がいいヨ。今、無意識でもちゃんとますぐ立ててるね」

 彼女の言うとおりだった。
 水中のせいもあるのか、かつてないほど正中線の通ったのを感じる。 

「雅ちゃんはむずかしい形は不要ね。今日はただ立って、歩く練習してみるよろし。しかりハラに息ためて、正中線をカラダに覚えこませるね」
「はい!」
「うむ、良い返事ね。ではプールのあちら側まで行って帰ってくるがよいヨ」

 バイバイと手を振りながら、にっこりとルオが言う。
 俺は言われたとおり向こう岸に向かった。

 水中ウォーキングは思った以上の運動量だった。なるほどダイエット法としてもてはやされるはずだ。
 歩くほど体がなじんでいく感覚がある。
 女になってから、思い通りに動かせない、脳と肉体の乖離した感覚をずっと抱えてきた。
 だが冷たい水に浸っている状態で、皮膚感覚が研ぎ澄まされているせいもあるのだろう。自分の体の形を認識しやすかったし、一歩プールの底を踏み、重みを感じるたび筋肉や骨に意識が行き届くのを感じた。

 心地良い集中とともに、プールの向こう岸についた。
 俺は少し体を動かしたくなって、覚えている太極拳の形をいくつか通してみた。水中だから動きは鈍くなるが、その負荷も心地良い。

 裕美との推手を思い出しながら、一番簡単な発勁動作に移行する。
 重心を移動しながら、左足を一歩前へ、姿勢が低くなるのに合わせて息を吸い込む。すっと柔らかく水にもぐりこむ。
 薄青い世界に揺れる光。女の子たちの躍動する体。視界は明瞭だ。体のすみずみまで明瞭。
 持ち上げた脚が底につく。震脚。同時に腕を後ろから、円を描いて前へ。

 踵から膝、股関節、丹田を通って、肩甲骨、肩、肘、手首へと伝わってきた振動が、開いた掌から一塊の波となって触れたものにぶつかる……

「……!」

 水が激しく渦を巻いた。
 白く泡立つ渦が、俺の手の先から竜巻のように離れて、ゆっくりと進んで行く。俺は呼吸も忘れて水中でぼうぜんとその行く先を見守った。
 幸い、誰かにぶつかる前に逆巻く渦は減衰して消えた。
 それでもプールの3分の2ほど進んだだろうか。

「ぷはっ」

 息が続かず、頭を水から出した。
 ……誰も見ていなかった……だろうな?
 きょろきょろと周囲を見たが、誰も水中での出来事に気付いている様子はない。ルオと裕美は会話していてこちらに注意を払っていなかった。

 こんなことは初めてだった。
 "気"だの"勁"だの思わせぶりな言葉だが、正体は骨と筋肉から生まれる単純な物理力だ。ただ少し武術らしい理屈が上乗せされるだけだ。
 そのはずなんだが……
 『水はかたいから』というルオの言葉を思い出す。

 理屈としては、物体に打てば吹き飛んだするわけだから……水も、まあ、柔らかい物体と考えればこんな現象も起こりうるのかもしれない。
 俺はむりやり自分を納得させた。


「おかえり雅ちゃん。ちょっとは慣れたかな?」  

 同じように歩いて元の位置に戻ると、他の生徒に指導していたルオが笑顔で出迎えた。
 と、ちょうどよく授業終了のチャイムが鳴った。

「お。今日のレッスンはここまでね」

 レッスンの『ッ』をやたら短く発音しながらルオは言った。

「続きは明日の放課後! 約束したヨ」
「はい! よろしくお願いします」

 俺は自分でも驚くくらい自然に笑ってそう返事していた。
 ルオや裕美の教えで体の感覚を研ぎ澄ませる作業は、楽しかったのだ。以前の日常に戻ったような気がした。

 麗華姉ぇが授業の終わりを告げた。
 合わせて、生徒たちがプールからあがって更衣室に向かう。
 すっかり忘れていた従姉と目が合うと、彼女は教師然とした表情を、一瞬だけ不機嫌な子供のように口をとがらせて崩して見せた。 
 すねた麗華姉ぇのケアという大仕事を思って、俺の気は少し重くなった。

「うん。だいぶよくなたヨ。さっきみたいに歩いてみるね」

 改めて陸上に出てみると、体はずっしりと重かった。
 体っていうか胸が。
 女ってのは大変だ。体の重心を定めるのに、むだなものがいっぱいある。
 軸の感覚を取り戻そうと俺は軽く体を揺すった。ルオが見かねて手を出してきて、腿の後ろや肩甲骨を撫でると、少し戻ってきた気がした。
 そのまま歩き出してみる。
 大丈夫……なつもりだったのだが、腕組みして眺めていたルオが首をひねった。

「右肩がちょっと下がてるね。肘裏が内向きで、重心がずれてるある……が…」

 いやに歯切れが悪くなった。と思ったら、ルオはおもむろにぽんと手を叩いた。

「雅ちゃん、やはり太極拳かじたことがあるか?」
「あー……実はちょっとだけ……」
「もしや雅章に教わたか?」
「えっ」

 返答に困った俺は、とっさに裕美を振り返った。
 裕美も困惑した様子で、ずいと俺の前に出た。俺をルオの目から隠すように。
「老師?」

 ルオはこちらの動揺には気づかずに、うんうんと小さく頷いた。

「右重心のクセがそっくりね。何度言ても直らないヨ」

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