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勾玉キッス☆
官能リレー小説 - 性転換/フタナリ

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勾玉キッス☆ 111

 慣れたプールだ。何も危険はないはずだった。
 ところが、ぬるい水に頭まで包まれたとたん……

「…わっ……っ!」

 一瞬の浮力に押し上げられて水面に顔が出るが、ほんの一瞬。
 驚愕のうめきに肺の酸素をすっかり吐き出して、重力のまま水中に引き戻される。
 足がつかない。

 飛び込んだのはプールの中間、一番深いあたり。
 深いといっても160センチといったところで、余裕で顔を出せるはず。男の体であれば。
 などと考えたのは後の話だ。

 俺はパニック状態で、バランスを崩したまま水中でジタバタともがいた。
 もがく足がずいぶん深くで底についたと感じた瞬間、今度は滑ってさらにバランスを崩す。
 そのときはずみで吸い込んだのが、空気ではなく水で……
 やたらそこだけ浮きあがろうとぶるぶる動き回る双の胸に従って、ひとりでに体が仰向く。
 光の揺れる水面を見ながら、冗談でなく死を思った。

 そのとき明瞭ではない視界の真ん中に、一筋の、まっ白いものが飛び込んできた。
 その何かが俺の背後に滑り込む。
 次の瞬間、背後からにゅっと伸びた腕が胸元に絡みついたと思うと、俺を上へ上へと押し上げた。

「ぷはっ!」
 ザバァッ、と重い水の壁を突き破って、頭がなつかしい水上に出た。
 パニック状態の続いていた俺は、羽交い締めにされたまま、空気を求めて手足をジタバタさせる。

「ハーイ、暴れないヨー」

 頭のそばで聞こえてきたのは異常にのんきな声だった。

「ほーら怖くない怖くない、無心で身を任せるよろし」

 胸を押しつぶすように後ろから羽交い締めにする腕は、ほっそりしているが強い。
 男の俺でも振りほどけるかどうか。俺は諦めて言われたとおりに力を抜いた。

「ル、ル、ルオ……?」

 ゲホゲホと咳き込みながら、後ろから抱きかかえてくれる人物の名を呼ぶ。

「お、会たばかりなのにナマエ覚えてたね。うれしあるよ、雅ちゃん」

 ほぼ仰向けの俺の肩越しに、声の主が顔を出した。
 にぱ、と擬態語のつきそうなスマイルマークの笑みで、彼女は言った。

「でも雅ちゃん、カナヅチはいきなり飛び込むだめヨ。初めは壁でバタ足、これ基本ね」

 ……聞き捨てならない単語が耳に入った。

「おれ……違う、私、カナヅチなんかじゃ……!」
「泳げるというか? そうは思えぬがなー」
「いっ、今のはたまたま足が滑っただけで」

 カナヅチ疑惑だけは払拭せねばただでさえ崖っぷちの俺のプライドが危ない。
 だが相手は容赦なく、けらけらと笑って続けた。

「ワタシの見たところ、雅ちゃんは歩き方からなてないね。このままでは泳ぐ無理よ」
「えっ?」

 意外なセリフに驚いて、どういう意味か聞き返そうとしたときだ。

「ほらトンさん、しゃべってないで桐生さんを陸にあげてあげてちょうだい」
「ハーイ先生」

 遮ったのは聞き覚えのありすぎる、麗華姉ぇの声だった。
 何で体育教師でなく麗華姉ぇが? と疑問に思う間もなく、体がプールサイドに運ばれていく。
 俺は慌てて身をよじった。

「待て、放して……もう一人で平気ですから」
「おっとと」

 仰向いた体が傾ぎ、パシャと顔に水がかかる。
 反射的に目を閉じたところで、すっと両側から手が伸びてきて、俺の体を支えた。

「大丈夫かい。水を飲んでるかもしれない」
「雅……心配かけないでちょうだい。ほら、おとなしくして」
 右側から森崎の冷静な声、左側から半ば涙声の裕美の声。

 開けた視界には怒っているような泣いているような、声そのままの裕美の顔があって、俺は何も言えなくなってしまった。

 水中の三人と麗華姉ぇの手でプールサイドに引き上げられた。

「あ、ありがとう、ございました、ルオ…トンさん」

 何はともあれ助けてくれた少女に頭を下げると、彼女、中国人留学生トン・ルオファンは照れたように笑って手を振った。

「ナニ、礼には及ばぬヨ。それより、トンさん違う、さっきみたいにルオて呼ぶね」
「あっ…はい」
「そしたらその二人に礼を言うヨ」

 そう言って彼女が示したのは、遅れてあがってきた裕美と森崎だ。

「二人ともイの一番に飛び込んだね。一番乗りがワタシだたある」
「…そうだったのか」

 裕美はともかく、意外と言ったら失礼だが、森崎が助けに飛び込んでくれるとは。
 屋上で救われ、更衣室でのやりとりもあったから、彼女が冷たいわけでも乗りが悪いわけでもないことはもうわかっていたが、先行するイメージはなかなか消えないものだ。

「ありがとう二人とも。助かった」

 素直に礼を言ったところで、パンパンと手を叩きながら麗華姉ぇが言った。

「じゃあ他のみんなは各自準備体操して、ノルマ達成した人から自由時間ね」

 はあいと口々に言いながら、のろのろと生徒たちが動き出す。
 いい加減な授業のようだが麗華姉ぇは別に悪くない。男子の授業も大差ないのだ。
 各自のノルマの距離を決め、自由型でとにかく泳ぐ。時間内にノルマ達成できなければ補習だ。
 もちろん、俺は補習を受けたことはない。泳ぐのは得意なのだ。
 ところが。

「桐生さん、あなたはこっちよ」
「ええっ!?」

 そう言って麗華姉ぇが指したのは右端のレーンだった。
 通称『カナヅチレーン』。
 泳げない生徒の練習コースである。
 ここに送られたが最後、衆人環視のもと延々とバタ足とビート板。男なら水に潜って浮き上がりたくなくなるところだ。

「れ、如月先生……」
「なあに?」
「私泳げるんで……」

 小声で抗議すると、麗華姉ぇも小声で答えた。

「そうは見えなかったわよ。いいからみんなから離れてなさい。これ以上目立ってボロ出したくないでしょ?」

 麗華姉ぇらしくもないお言葉。
 意外だった。てっきり面白がって俺で遊ぶためにわざわざ体育教師と入れ替わったのだと思ったのに。

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