勾玉キッス☆ 104
「あの、いっぱい傷あとがあるなぁって」
「うん。まさに傷だらけの人生、てやつ?」
そう言うと、急に森崎の顔がくもった。
……俺、何かまずいことを言ったか?
森崎はしゃがみ出すと、地面に“の”の字を書き出した。
「……そうよ。どうせ私は“傷もの”ですよ。こんな傷だらけだから、プールや温泉じゃあ変な目で見られるし、勇気を出して好きな人に告白しても、フラれた事は数知れず……」
「いや、そこまでは言ってないですし、そういうことを言ったんじゃなくて。どうしてそんなに傷がいっぱいあるのかな、て言いたかったんです。…その、私は」
俺は慌てて言い直す。もちろん、自分のことを『俺』と言わないように気を付けながら。
森崎はしゃがみ込んだまま振り向いて、俺を見る。
「えっ、そうなの?」
森崎は立ち上がると、身体の傷あとを見ていた。
手足だけじゃなく、うらやむような豊かな胸やくびれた腰まわり。
至る所が傷あとだらけだった。特に、胸からへそにかけての傷あとが大きい。
「この傷あと? ……うん、これはね、アルバイトの代償みたいなものかな?」
「代償?」
俺は驚いたような言葉を返した。
森崎は一体どんなアルバイトをしているって言うのだろう。
森崎は話を続ける。
「そう、代償。
食べていくためにはアルバイトをしなくちゃいけないから、ね。
稼ぎはいいんだけどね。代わりにケガばかりしちゃってね。」
「じゃあ、留年も……」
「ケガを治したら、出席日数が足りなくなっちゃって。めでたく2回も留年。『次はないと思えよ』って、先生に何度言われたことか」
笑いながら、森崎は言う。もちろん、森崎は話しながら、水着に着替えていた。
胸元から斜めに上が白、下が黒と、きれいに分かれたワンピースの水着。
黒の三角ビキニという、かなり際どい水着の俺から見れば、うらやましいくらいシンプルで、森崎にはとてもよく似合っている。
「……似合う、かな?」
少し照れながら、森崎は言う。
俺は男言葉が出ないように、慎重に言葉を選ぶ。
「…似合ってます。なんか、かっこいいなぁ、て」
「かっこいい、かぁ。なんか、複雑だなぁ」
森崎が苦笑いを浮かべる。その割には嬉しそうに見える。
「本当はさ、桐生さんのような際どい水着を着てみたかったんだ。私だって、自分の身体にはそれなりに自信持っているから。
でもね。“傷跡”がね、それを許してくれないんだよね。この醜い傷あとが」
「醜くなんかないよ」
「えっ?」
俺はポツリと言った。その言葉に森崎が驚く。
嘘を言ったつもりはなかった。森崎の傷あとは、俺の想像を超える修羅場をくぐり抜けてきた証であるし、何より、“男としての俺”にはまぶしく見えた。