PiPi's World 投稿小説

蒼海の戦乙女たち
官能リレー小説 - 戦争

の最初へ
 5
 7
の最後へ

蒼海の戦乙女たち 7


それから僅か小一時間後…
船は嵐の真っ只中にあった。
「縮帆作業、急げえぇーっ!!!」
「「「はぁっ!!!」」」
士官の指示の下、キビキビとマストに登り、帆を畳む水兵達…が、船は大きく揺れ、波を被りながらでは、なかなか作業も進まない。
見習い士官であるアルフレッドも甲板で水兵達に混じって手伝っていた。
エスメラルダは慌ただしく走り回る男達を見てつぶやく。
「まさかこうも急に荒れるとはねぇ…やっぱり海って怖いわぁ…」
「何言ってんだ!君が大丈夫だって言ったんじゃないか!」
そんな彼女に突っかかるアルフレッド。
「そんな事言っても仕方ないじゃない。私だって勘が鈍る事だってあるわよ。それより…」
「何だよ?」
「前にも言ったけど、私の姿が見えるのはアナタだけなんだからね?他の人間から見たらアナタ、一人で喋ってるアブないヤツよ?」
「う…!」
アルフレッドは慌てて周りを見回してみる…が、誰も忙しくてそれどころではないようだ。
「アルフレッド!!」
不意にエスメラルダが叫ぶ。
「な…何だよ突然!?」
「三歩下がって!」
「はあ!?」
「早く!!!」
物凄い剣幕に気圧されたアルフレッドは訳が解らないながらも言われた通りにした。
その直後…
「うわあああぁぁぁ…っ!!!?」
 グシャアアァァァッ!!!!
…何と水兵が上から降って来たのである。
恐らくマストから足を滑らせたのであろう彼は、今までアルフレッドが立っていた位置に落ち、デッキ上に真っ赤な大輪の華を咲かせた。
「…あ…ああぁ…う…うおえぇぇ!!」
アルフレッドは腰を抜かしてその場にへたり込み嘔吐した。
「ハァ…可哀想に…」
一方、エスメラルダは平然たるもの。
「どんなに船が揺れても、何故か甲板の上に落ちるのよねぇ…」
幾多の海戦を経験して来た彼女にとっては、人の死など特に珍しくも無い事だった。
デッキが血の海になった事だってある。
そこへ士官と数名の水兵達が駆け付ける。
「おい!大丈夫かぁ!?」
「うわぁ…やったなぁ…」
「准尉殿、お怪我は!?」
「…あ…あぁ…」
まともな言葉も出て来ないアルフレッド…それほど彼にとっては衝撃的な出来事だったのだ。

その後、彼は医務室へと運ばれた。
軍医のスペランカーはアルフレッドの全身を診察してから告げた。
「…うん、特に大した怪我も無いし、大丈夫だ。しかし良く避けられたなぁ…真上だろう?普通は気付けないよ」
「…ぼ…僕の…」
それまで黙っていたアルフレッドが絞り出すように口を開いた。
「…ん?何だ?どうした?」
「…僕の意思じゃなかったんです!!僕は全然気付かなかったし、もし気付いても避けようとは思いませんでした!!エスメラルダが下がれって言うから…!!僕は訳も解らずに…!!」
「ふむ…なるほど…何を言ってるのかは良く解らんが、あまり自分を責めるのは止したまえ。君が彼を突き落とした訳でもマストに登るよう命じた訳でもない。…運が悪かったんだ。もし避けてなかったら君も死んでいただろう…。人が死ぬのを見たのは初めてかね?」
「はい…」
力無くうなずくアルフレッド。
スペランカーは言った。
「確かに最初はショックだろうが、軍に身を置いていれば、いずれ慣れるさ。哀しい事だがね…。まあ、今の君に必要なのは充分な休息だな。睡眠薬を出してあげるから部屋に戻って休んでいなさい」
「はあ…」

アルフレッドはフラフラの体で自室に戻った。
目の前で人が死んだ事のショックに加えて、また船酔いが出て来たのである。
今や船は大嵐の真ん中だ。
アルフレッドはベッドに倒れ込んで思う。
(…きっと甲板ではみんなが必死に荒れ狂う海と闘っているんだろうな…)
それに比べて自分の何と情け無い事か…。
何と無力な事か……。
(…やっぱり僕には海軍…いや、船乗りなんて向いてないんだよ…船と会話が出来るっていう少し特殊な能力はあるけど…僕みたいなのが船に乗ってたって足手まといになるだけだ…)
アルフレッドは決意した。
この芙蓉航海から帰ったら、誰に何と言われようと海軍を辞める。
それから、どこかの大学の院生になって、助教授でも目指そう。
元々そっちの方が自分には向いているのだ。
自分に船乗りとしての適性が全く無い事は、今度の航海で嫌というほど身に沁みて理解させられた。
どうしようも無い、生まれ持った体質なのだ。
もう海に嫌われているとしか言いようが無い。
海軍軍人一族の一員だって関係あるか。
(僕は僕の人生を歩むんだ!)
彼はそう決意して、処方してもらった睡眠薬を飲もうとした。

その時だった。
「待って!!」
エスメラルダが現れたのだ。
何故か先程とは打って変わって青い顔をしている。
「…な…何だよ…?」
「大変よ!潮に流されて浅瀬の方に近付いてるわ!だけどこの嵐で誰もそれに気付いてないのよ!」
「あ…浅瀬って…じゃあ、このままじゃ座礁しちゃうって事かい!?」
「それで済めば良いけど…その浅瀬ってのがクセモノなの!海面下に無数の鋭い岩礁が突き出てる超危険地帯よ!最悪、船底を破損して浸水、転覆、沈没するかも知れないわ!この大嵐の中でそんな事になったら、あなた達もどうなるか解るわよね!?」
「…っ!!!!」
アルフレッドの脳裏に一つの言葉が浮かんだ。
“死”だ。
「…あ…あぁ…っ!!?」
ここが自分の死に場所になるかも知れない…そう思うと激しく動揺した。
心臓が早鐘のように鼓動を刻み、頭の中が真っ白になり何も考えられなくなる。
先ほど水兵の死を目の当たりにした時よりも強く大きな衝撃。
当然だ。
こちらは自分自身に突き付けられた“死”だ。
しかも何の前触れも無く突然に…。

SNSでこの小説を紹介

戦争の他のリレー小説

こちらから小説を探す