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暴れん棒将軍
官能リレー小説 - 時代物

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暴れん棒将軍 100

 そして半刻ほどの幕間(休憩時間)。
 桟敷席の家竜一行の間には、どことなく気まずい空気が流れていた。
 家竜は踊り子の中に珊瑚がいないか、客席に珊瑚がいないかと気がかりで舞台の歌や踊りはうわの空であったが、藤兵衛と大二郎は若い男女の淫らな踊りや猥歌に反応して逸物をギンギンにいきり立たせていたのである。
 そして楓や雅も何か下腹部に手を当ててもじもじしている。楽団の大音響が子宮に直接響いたため、下帯の奥をしとどに濡らしていたからだ。
「あたい、ちょっと厠に…」
「わ、私も…!!」
 楓が立ち上がると雅もあわててそれを追いかける。
 四人とも民衆を熱狂させ、自在に操ることのできる一座の恐ろしさを痛感していた。
「あっ! こんなところに弁当が!」
 大二郎がわざとらしい棒読みで叫ぶと、脇に置かれていた重箱を開けてご馳走をガツガツと食べ始めた。下半身のたぎりを食事で紛らわそうとしているのだ。
「やれやれ、まったく腹芸の利かぬ奴じゃわい…」
 そう小声でつぶやくと藤兵衛はため息をついた。

 チョン、チョン、チョン…。
 拍子木の音と共に休憩が終わると、今度は歌舞伎が始まった。
 演目は『東夷初京上・雅公方大蛇退治(あずまえびすういきょうのぼり・みやびくぼうのおろちたいじ)』。全三幕からなる短い幕間劇であった。
 物語の概略を説明すると大体こんな感じである。

<序幕>
 時は室町時代後半。
 関東公方として坂東八カ国を治める足利竜氏は圧政を敷き、過酷な倹約令を出して農民を苦しめている。民から吸い上げた年貢は全て軍備に回される。
 今日も竜氏はお忍びで村々を回り、気に入った若い娘をさらっては『華美な着物は召し上げる』と称して着物を剥ぎ、思うがままにする。
 商人たちは竜氏を揉み手で出迎え、ご馳走でもてなし賄賂を渡すが、陰では悪口を言い、唾を吐いている。行儀を知らない竜氏のだらしない食事の仕方や粗暴ぶり、理不尽な行いが全編を通してたっぷりと描かれる。

<二幕目>
 遂に竜氏は室町幕府に対して反旗を翻し、大軍勢を率いて東海道を京に攻め上らんとする。
 しかし人徳がない竜氏は行く先々で嫌われ、村人たちは皆、兵糧の供出を拒んで山に隠れてしまう。食料の不足は部下の大名の離反を招き軍勢は日に日に少なくなってゆく。
 ようやくたどり着いた名古屋では熱田神宮で狼藉を働いたために神罰が下り、とうとう竜氏は大蛇に姿を変えられてしまうのだった。

<三幕目>
 時の公方・足利義虎は眉目秀麗で武芸百般に通じ、花鳥風月を愛し、歌や蹴鞠が巧みで帝の覚えもめでたい。まことに雅な征夷大将軍である。花の御所から宮廷への行き帰りは白い牛に引かせた牛車に乗るのが京都名物となっている。
 鼈甲(べっこう)の丸笠と黒の着物(裏地は赤)で着飾り長キセルを構える義虎の美しい姿に宮廷の女官たちは熱い視線を投げかけ、京の娘たちにとって憧れの的であった。
 そんな義虎であるから近づいてくる恋の相手は引きも切らない。娘たちをさらって慰み者にする竜氏とは大違いである。
 そこに大蛇となった竜氏が京に攻め込んでくる。大蛇を退治せよとの帝の命を受けた義虎は激しい戦いを繰り広げ、大蛇を討ち滅ぼす。
 平和が訪れた都では大宴会が行われ、義虎は帝から直々にお褒めの言葉を頂いたところで物語は幕となる。

 江戸時代において、文学や演劇が同時代に起きた事件を題材にすることは幕府によって禁止されていた。
 しかしこれには一種の『抜け穴』があった。要するに違う時代に置き換えればいいのである。
 有名な『仮名手本忠臣蔵』でも『太平記』の物語に置き換えることによって赤穂浪士の討ち入り事件を描いている。この歌舞伎も同様であった。
 江戸の家竜を関東公方・足利竜氏に、尾張の家虎を室町幕府の将軍・足利義虎に置き換え、暗に家竜を馬鹿にしながら幕府の政策批判を行っているのだ。
 竜氏が『裏地に絹が使ってある贅沢品だ』と言いがかりをつけて可愛らしい村娘の着ている粗末な麻の着物を剥ぎ取ってしまうくだりや、商人たちに招かれた宴の席でご馳走を手づかみで食べ散らかすくだり、熱田神宮の境内で立ち小便をするくだり等で客席はどっと笑いの渦に包まれる。
 そして尾張の家虎こそが正しい政治を行う名君だと宣伝という意味合いも含まれている。これが風刺劇であることは年端もいかない子供でさえもわかることであった。芸人一座を使って全国でプロパガンダを行う家虎の手法にはまことに恐るべきものがある。

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