暴れん棒将軍 101
「ええぞ〜っ! 夢乃屋! お上も恐れぬ心意気に惚れたぎゃ!!」
「俺たちの殿様はやっぱり一番だみゃ!! 江戸のぼんくら将軍に負けるわけねーぎゃ!!」
「御三家筆頭格・尾張名古屋の商いの灯を消すな〜っ!!」
「きゃ〜!! 時宗さま〜っ!!!」
舞台が終わると、観客席から巻き起こる大歓声。そして幕が降りてゆく。
一方、桟敷席の家竜一行はどうであったかというと…。
藤兵衛はむっつりと押し黙り、大二郎は必死に怒りを堪えていた。楓と雅は黙りこくっている。
家虎の差金であろう嫌味な風刺劇に皆腹わたが煮える思いだ。
「おい家竜! おのれがここまで馬鹿にされて悔しくないのか?! それでも将軍か?」
「そうですよ上様! 家虎はきっと遠眼鏡か何かでこちらの様子を見てほくそ笑んでいるに違いありません!! このまま舞台に斬り込んでやりましょう!!」
「駄目よ大二郎! そうやって怒れば怒るほど、きゃつらの術中にはまっていくんだから…」
「楓様の仰る通り。この舞台はいわば前哨戦。本当の戦いはまだこれからですわ!」
家竜は肘掛に手をついたまま冷えた茶をすすり、ぼそっと呟いた。
「くっくっく…! 家虎の野郎、ここまで俺をコケにするとは…なかなかやってくれるじゃねぇか! 後で倍返し、いや三倍四倍にして返してやるぜ!!」
「さすが上様、その意気だよ!」
「とにかく俺が気にかけているのは珊瑚のことだけだ。舞台の間中、舞台の踊り子や客席の娘たちに気を配っていたが、それらしい娘は一人もいねぇ…」
「あたいがちょっと探してくるよ」
そう言って楓が席を立ちかけた時である。再び拍子木が鳴った。
…いよいよ最後の演目が始まろうとしていた。
ドォン! ドォン! ドォン! ベン、ベン、ベン、ベン!
腹に響くような野太い太鼓の音が打ち鳴らされ、三味線の音が響きわたる。
再び緞帳が開くと、舞台の上には楽器が何もなかった。
何処からかもうもうと白い煙がたちこめ、色とりどりの提灯の灯が妖しく輝いている。
「これは奇っ怪な…。楽器もないのに音だけが響くとは…!」
大二郎が首をかしげると、藤兵衛が唸った。
「多分、舞台の下に地下室があり、そこで演奏しているのであろう。南蛮渡りの『晏譜』(あんぷ)や『抄秘異化亜』(すぴいかあ)を使ってな…」
「ふっ。最後に出てくる連中は、一体どんな芸で俺を楽しませてくれるんだ?! 見せてもらおうじゃねぇか!!」
家竜は腕組みしたまま不敵に笑う。
「いよっ、真打ち!! 待ってましたぁ!!」
「俺はもう待ちきれね〜ぎゃ!! はよ顔を見せてくりゃ!!」
「きゃ〜!! 武姫様〜!! 小姫様〜!! 舜姫様〜!! 十姫様〜!! 半姫様〜!!!」
客席は皆総立ちで出迎え、同時に大歓声が巻き起こった。
やがて舞台の下から人が五つの影がせり上がってきた。台に立っているのは甲冑をつけた美女たち。
これが噂の『おもてなし武将隊』である。
よく見れば美女たちは後ろ向きに立っており、一人ずつくるりと振り向いて客席に向き直る。
縦一列となった五人は音曲に合わせて上半身全体を浮き沈みさせた。するとまるで歯車が回転するように一人一人の顔が後ろから順番に出現するように見えるのである。その踊りだけで観客は大熱狂して「お、お、お〜!!!」と絶叫。舞台は地鳴りのような大歓声に包まれた。
先頭にいた韓紅花(からくれない)の着物をまとった美女がまず飛び上がる。空中で全身を反り返らせ、エビのようにくねった。そして着地と同時に両腕を交差させて腰の二刀を抜き放ち、ヒュンヒュンと凄まじい勢いで上下左右と空を斬る。
美女は二刀の動きをピタリと止めると、片脚を垂直にぶんと蹴り上げた。膝上までしかない着物は大きく捲れ上がり、脚の付け根までもが露わになった。
次の瞬間、男たちのうおぉぉーっと大歓声が上がり、それを見た大二郎は鼻血を出しながら前につんのめる。
そう。彼女は着物の下に何も穿いていないのだ。淡い和毛も開脚につれてほころびた秘裂も全てが丸見えであった。
最後の強烈な一撃をくらわしてから、美女はようやく名乗りを上げた。
問われて名乗るも おこがましいが
産まれは播州 播磨在
十三の年から人を斬り 花の都で武者修行
彷徨いたるは 六十余州
その旅先の宿々(しゅくじゅく)で 編み出したるは二刀流
斬って 斬って 斬りまくり
六十余回の真剣勝負 いずれ負けなし天下無敵
二天一流 宮本武姫!!