暴れん棒将軍 90
そして翌朝。
「お侍様! 朝飯が出来ただよ!!」
「おっ。美味そうだな!」
おはつは朝食の雑炊をよそり、身体の寝汗を拭き取り、干してあった着物を着せてくれるなど、かいがいしく家竜の世話を焼いてくれる。
昨夜たっぷりと男の精を受け止めたせいか、その表情や物腰はどことなく色っぽい。
胸元からのぞく褐色の素肌と丈の短い着物からすんなりと伸びる脚が眩しくて、家竜は思わず目を細めた。
家竜は昨夜聞けなかったことを色々と尋ねてみた。
「おはっちゃん、この家におっかさんはいねぇのかい?」
「いるけど…。出てっちまっただ」
「おっ父うだけなのかい?」
「うん」
「おっ父うは何をやってるんだ?」
「昔は腕のいい漁師だったけんども…。今は働いてねぇだ」
「じゃあ誰がおはっちゃんを食わしてるんだ?」
「それはそのう…」
おはつは下を向いて口ごもった。
「おらだって子守りや網の繕いとか、一生懸命やってるだ。…んなことどうでもいいでねが! お侍様は早く良くなることだけ考えな! 食ったら寝たほうがいいぞ」
そう言っておはつは小屋を出て行ってしまった。
「お、おいちょっと待て! まだ聞きたいことがある…」
家竜は追いかけようとして立ち上がったが、一瞬立ちくらみがしたので追うのを止めた。
(ちっ。…俺としたことが、ちょっと急ぎ過ぎたかな…)
まだ少し足がふらついている。今は自分の身体を癒すことが第一だ。再び横になった家竜はそう自分をなだめるしかなかった。
時折小屋の外に出て眺めると、おはつは村の女から預かった赤ん坊を背負って水汲みや細々とした雑用をこなしている。
まったくコマネズミのように働く感心な娘だ。こんな孝行娘を弄ぶ権六は一日も早く地獄に送ってやった方がいい。
家竜は一計を案じると、横になっていた筵の傍らに置いてある脇差から小柄を取り出し、小屋に転がっていた竹の棒を削り始めた。
「上様っ!」
不意に天井から声が響いた。
「おう、楓か。よく此処がわかったな」
「馬鹿っ!! あたい一杯心配したんだからっ!!」
どさりと降ってきた楓は家竜の背中にいきなり抱きついた。
「わっ! やめろって! 俺ぁ今、竹細工やってんだよ!!」
「……っ。…ぐすっ」
「ちっ。しょうがねぇな…」
楓が声を殺して泣いているのに気がついた家竜は、黙ってされるがままになっていた。
四半刻も経っただろうか。ようやく楓が泣き止んだ頃を見計らって声をかける。
「…残りの連中は無事か?」
「みんな元気だよ…。本当に良かった。あたい川沿いにずっと上様を探し回っていて、今朝近所の村で噂を聞いて飛んで来たんだ」
「そりゃどんな噂だ?」
「吉田村の権六っていうろくでなしが『川で流れてきたお侍を預かってる。人探ししてる奴がいたらオラに知らせろ』…ってふれ歩いてるって」
「そうか、やっぱりな…」
「やっぱりって…何の話?」
「いや何、その権六って野郎は生きていても世の中のためにならねぇから、俺が引導を渡してやろうと思ってるのさ」
「何だ、そんな話ならあたいに任せといて!」
「まぁ待て。こっちにも色々面倒な事情があるんだ。俺の言う通りにしてくれ」
家竜は楓の耳に口を寄せ、ヒソヒソと何か言って聞かせた。
「わかったよ」
しばらく聞いていた楓はすっと立ち上がり、また風のように消え去った。
漁村の夜は早い。
酉の刻には夕飯を済ませて亥の刻には寝静まってしまう。
少し陽が傾きかけた頃、家竜の食事を世話するために再びおはつが漁師小屋に戻ってきた。
「お侍様、腹減っただろ? 今日は活きのいいい魚をもらってきただ。すぐに料理してやっからな」
おはつは持ってきた魚を素早く捌くと切り身にして、残りをあら汁に仕立てる。
味噌の何とも良い香りが小屋に漂い、家竜の腹の虫はぐうぐうと派手に鳴った。
「たはっ! 俺としたことが…」
「お侍様の腹の虫は元気だなぁ。身体はもうすっかり良くなっただな!」
照れくさそうに頭を掻く家竜を見てにっこり微笑んだおはつは、出来上がったあら汁を木の椀によそってゆく。
そして家竜はそれをがつがつと平らげる。鍋も皿もたちまち空となった。
「ふぅ…。ようやく人心地がついたぜ。おはっちゃん。これは俺からのお礼だ」
そう言って家竜はおはつに一本の竹とんぼを手渡した。