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暴れん棒将軍
官能リレー小説 - 時代物

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暴れん棒将軍 86

 ごぼごぼごぼ…。
 家竜の足には甲賀くノ一が二人、すがりついていた。
 くノ一たちは『サイジ』と呼ばれる三角布と横ヒモだけで構成された極小の褌を身につけ、腰に小刀を挿しただけの簡素な格好だ。
(とうとう出てきやがったな!)
 家竜が腰の刀を抜こうとすると、別のくノ一がその腕を掴む。
(むむっ…!)
 そして背中にもう一人が張りつく。
(離せっ! 離しやがれっ!!)
 振りほどこうと家竜は身をよじらせるが、鬼気迫る表情で必死にまとわりつくくノ一たちはひるむ様子がない。既に此処を死地だと覚悟を決めているようだ。
 異変に気づいて潜ってきた楓や雅らには、何処からか現れた裏柳生の残党が手槍片手に群がっている。
(女を手にかけるのは忍びないが…許せっ!)
 太い腕がくノ一の細い首筋に巻きついた。
 …ゴキッ!!
 骨の砕ける鈍い音が水中に響く。
 しかし、それでもくノ一は家竜の身体にすがりつく。
 …バキッ!!
 家竜の頭突きがくノ一の顔面にめり込む。
 頭蓋骨が陥没するほどの力を込めたはずだが、身体を締めつける力は一向に弱まらない。
 …ゴンッ!!
 次は強引な足蹴りがアバラを砕いたが、くノ一はまだしがみつくことを止めない。
(フフフ…。無駄だ、無駄だ! 我らは針で秘孔を突いて既に痛覚を失っているのだ!! 家竜! 地獄までの道中、我らが道案内してやろうぞ…!!)
 家竜にはわからなかったが、異様に輝くくノ一の目がそう語っていた。
 もつれ合う五人の身体は沈み込み、やがて激流に飲み込まれていった…。

 その日の夕刻。
 裏柳生残党との熾烈な水中戦を制してようやく対岸に泳ぎ着いた四人は、家竜の姿を求めて川辺を探し歩いていた。
「上様〜!」
「上様〜!!」
「こら家竜! 何を隠れんぼしとるんじゃ! いい加減出てまいれ!!」
 雅が、大二郎が、藤兵衛が口々に叫ぶがそれに答える者はない。一同の頬には涙が光っていた。
 楓だけは何も語らず、木々を飛び回って必死に家竜生存の痕跡を探している。

「はぁ…はぁ…」
「駄目だ…。何処にもいない……」
「上様ぁ…!!」
 数刻後、河原に集まった四人は焚き火を囲み、がっくりと肩を落としていた。
「うわぁぁ――ん!! 私の! 私のせいです! こうなったら腹かっさばいてお詫びを…」
 男泣きに泣く大二郎が、着物をはだけて脇差を抜いた。
 バシッ!
 大二郎の右手に手刀が打ち下ろされ、脇差はぐさりと地に刺さった。
「馬鹿者!! 世迷言を言うでない! まだ家竜が死んだと決まったわけではあるまい!!」
 藤兵衛の鋭い一喝が飛ぶ。
「そうだよ大二郎。まだ死んだと決まったわけじゃない。それに上様のお言いつけを忘れちゃいけないよ!」
 楓がすっくと立ち上がり、力強い声で励ました。

 …川越をする直前、家竜は一同を集めてこう言った。
『ここにある金子を皆で分けろ。切り餅(二十五両を纏めた紙包み)が十ばかりある』
『何故このような金子を我らに…?』
『さっきも言ったろ、別れ際に浜松藩の殿様がくれた金さ。一人で全部持つにはちっと邪魔なんでな』
『家竜…何か考えがあってのことじゃな?』
 藤兵衛が切り餅を取って懐に入れた。
 家竜は軽く頷くと話を続けた。
『何しろ東海道随一の難所だ。裏柳生が何か仕掛けてくるに決まっている。万が一川で流されて離れ離れになるかもしれん。用心のためだ。落とさねえようにしっかり巾着袋に入れとけよ』
『上様…。我々にそこまでお心遣いを…』
 切り餅を押し頂いて雅が涙ぐむ。
『…な〜んてなっ! いくら水練が達者な俺でもこんな切り餅幾つも抱えてちゃ懐が重くっていけねぇ。お前らにも平等に負担してもらおうと思ってよ!』
 家竜の思わぬ軽口に一同はどっ! …とずっこけた。
『上様。ついでに待ち合わせ場所も決めておこうよ。例え皆バラバラになっても金谷宿の八幡屋で落ち合うんだ』
 楓が先行して抜け目なく下見しておいた旅籠の名を挙げた。
『わかった。だが三日たっても俺が八幡屋に姿を見せなかったら探さなくてもいいぞ。皆で黙って江戸に帰れ』
『そんな…!!』
『これは俺と家虎の野郎との喧嘩だ。もし俺がここで命を落としたらそこまでだ。弔い合戦なんて馬鹿な了見は考えるんじゃねぇぞ? いいか?』
『……………』
(上様は本気だ!)
 普段からはとても考えられぬ言葉に並々ならぬ決意を感じた一同は皆押し黙っていた。

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