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暴れん棒将軍
官能リレー小説 - 時代物

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暴れん棒将軍 84

 この旅籠、駿河屋に逗留して今日で三日目になる。
 しとしとと降り続く雨はまだ止む気配がない。
「ちっ、まいったな。先を急ぐってのに…」
 家竜は旅人が所狭しとひしめく座敷に座り込んで独りごちた。
 初夏の蒸し暑さと人の体温で不快さは募る一方だ。楓や雅ならともかく、大二郎や藤兵衛と肌をくっつき合わせていなければならないのが家竜は苦痛だった。
(ちょいとひとっ風呂浴びるか…)
 家竜が立ち上がると、すかさず大二郎が声をかけた。
「どちらまで行くのですか?」
「うるせ〜な、厠だよ、厠!」
 裏柳生の刺客が潜んでいるかもしれないと、何処でもついてこようとする大二郎をかわすため、家竜はとっさに嘘を言った。

 この旅籠のすぐ裏手には小さな湯殿が設けられており、温泉が引かれていた。
 家竜は着物を脱ぎ始める。
 下帯一枚で手拭いだけを持ち、家竜が中に入ると老婆が先に湯に浸かっていた。
 見れば、シワの寄った身体から伸びるしなびた乳房がぷかぷかと浮いているのがなんとも滑稽だった。
「おう婆さん、俺も入っていいかい?」
「ようがすよ、お武家様。こんなしなびた身体でよけりゃ、いくらでも見てくだせぇ。ひっひっひ」
 家竜は用心深く探りを入れつつ、少し離れた位置で身体を湯に沈めた。
「おう、いいお湯だ…。それより婆さん、この旅籠じゃあまり見かけねぇ顔だな」
「わっしは隣村の百姓ですじゃ。旅籠に野菜を届けに来たが、主人がええ人だで、ついでに湯に入っていけと勧められましてな」
「そうかい、こんないい湯に年中入ってりゃあ、婆さんもさぞ長生きできるだろうぜ」
「わっしはもう上がるで、この婆がお背中でも流しましょうか…」

 ザバッ!
 老婆が立ち上がった瞬間。黒い影が天井から降ってきた。
「はっ!!」
 家竜はとっさに避けようとしたが、湯の中では身体も思うようには動かない。
 中途半端に身体をひねった状態で相手に覆いかぶさられているので力が入りにくいのだ。
 黒い影が手に握った小刀が喉元に迫っていた。
「むむうう…っ!」
 相手の腕を掴んで必死に止めてもなお切っ先がじりじりと喉に刺さった。
 刀を避けて首を沈めようとすれば呼吸が出来ず溺れそうになる。
「がぼっ…ごぼぼっ!」
(なんだこいつ…よく見りゃ爺いじゃねぇかっ!!)
 薄暗さと湯気にまぎれて最初よく見えなかったが、目を凝らしてみればたしかに老人である。
 思わぬ奇襲に気圧されていた家竜も、そうとわかれば気持ちの余裕が生まれてくる。
「家竜よ! とどめだっ!」
 脇で見ていた老婆も何処から取り出したのか、クナイ片手に飛びかかってきた。
「でえええ――――いっ!!!」
 家竜は渾身の力で老人を持ち上げて思い切り跳ね飛ばす。
「ぎゃああああああっ!!」
 老人と老婆は激しくぶつかり合い、そのまま倒れて動かなくなった。
「ふう…俺としたことが油断していたぜ」
 家竜の目の下には床に垂直に叩きつけられ首の骨が折れた老人と、自らのクナイが胸に刺さってこときれた老婆が折り重なっている。

「上様…言わんこっちゃないわ。だから一人で出歩いては駄目だと言ったでしょう…」
 湯殿に開けられた通気用の小窓の外から楓の声がする。
「まったく、気づいてたらもうちょっと早く助けろっての!」
「少しは危ない目に遭った方が上様にはいい薬になると思ったんだ…」
  家竜は少し怒ってみせたが、楓は悪びれない。
「それにしてもこんなジジババが襲ってくるなんて、裏柳生もいよいよ追い詰められてきたようだな」
「…上様、だからといって油断しちゃ駄目よ。奴ら何を仕掛けてくるかわかんないんだから!」
「わかったわかった。それより楓、この死体をどっか片付けておいてくれ。この旅籠でいらん騒ぎは起こしたくない」
「あいよ」
 返事をしながら楓が天井から降ってきた。
「じゃあ、後は頼んだぜ」
 家竜は身支度を整えると旅人たちがひしめく相部屋に戻っていった。
(汗を流すつもりがとんだ冷や汗をかかされちまった…裏柳生の連中め!)
 苦い顔の家竜を見て大二郎が声をかけた。
「おお、やっとお戻りですか。心配しておりました。そろそろ夕餉の時刻ですぞ」
 ほどなくして女中たちが大量の盆を重ねて抱えてきた。今日の夕餉である。

 がやがや…。
「お待たせいたしました」
「おう飯だ飯だ! こちとら腹が減ってるんだ、早くよこせっ!」
 花札に興じていた男たちが先を争ってガツガツと食べ始める。
「この数日、食事だけが楽しみです。この辺りは魚が旨いですからな」
 にこにこしながら大二郎が箸を取った。
 家竜もつられて箸を取る。
「…しばしお待ちを」
 脇から雅が出てきて膳に乗せられた焼き魚を一口摘んで食してみる。味噌汁も一口飲んでみる。
「う…っ!」
 雅の顔色が変わった。
 すぐさま立ち上がると、障子を開けて小雨の降る軒下へ吐き出した。
「みんな食べるんじゃない! この食事には毒が入っているぞ!!」
「な、何だって? …うぐっ! うぐぐぐ…がっ!!」
「うげえええええっ!!」
 男たちは倒れてたちまち悶え苦しみ始める。
「大二郎! 水! 水を持ってきて! 早く吐かせなきゃ!」
 駆けつけた楓が男を抱き起こす。
「うむ、わかった!」
 雅と大二郎が井戸まで飛び出してゆく。
 処置が早かったので幸い死者は出なかったが、家竜たちは一晩、病人の看病におわれることとなった。
(何の罪もない旅人まで平気で巻き添えにするとは…奴らめ…!)

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