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暴れん棒将軍
官能リレー小説 - 時代物

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暴れん棒将軍 67

「…用心棒も何も、ワシらはただの町人。隠居爺と番頭風情にそんな大それたことが出来ましょうか。おからかいになるのも大概にしなされ」
 藤兵衛はこう言ったが、松五郎は一向に聞き入れず地面に額を擦りつけている。

 そこへ今度はお蝶がやってきた。
 月明かりの下のお蝶は美しかったが、明るいところで見るとまた美しい。
「おい、松! あたしに恥かかせるんじゃないよ! 旅のお方に金で助っ人を頼んだとあっちゃあ清水一家の名折れだ! 駒蔵一家はあたしらだけで倒すんだよ!!」
「しかし姐御、これだけ子分が減ってる昨今、いくらなんでも分が悪いぜ!」
「うるさい! 泣き言をお言いでないよ! お客人、今言ったことは忘れておくんなさい」
「お蝶さん、何か事情がおありのようだが…よかったらワシに話してみてはくれんかの?」
 家竜に負けず劣らず美人に弱い藤兵衛が優しく語りかける。
「実は…」

 お蝶の話はこうである。
 清水一家は代々この地に居を構える侠客で、律儀に庶民を守る任侠道を貫いている。
 しかしここ数年、甲州から進出してきた黒狗の駒蔵一家が縄張りに手を出してきたことから抗争が起きていた。
 二年前。お蝶の夫・長次郎が流行病で亡くなってからは、悪代官と結びつき利益をむさぼる駒蔵一家に押されて清水一家の縄張りは減り、子分たちも減る一方なのだった。

「そういう事情でしたか…」
 藤兵衛が深く頷いた。
 居間に通され、清水名物のお茶をすする三人。
「じゃあ、俺が駒蔵一家に行ってそいつをぶっ飛ばして…むぐぐっ!!」
 家竜は思わず立ち上がってそう言いかけたが、両脇から二人が取り押さえた。
(上様! またここで無駄な騒ぎを起こすおつもりですか?!)
(何度言ったらわかるんじゃ! いくらワシが水戸のご隠居を気取っても、全国津々浦々の悪党を退治して回るわけにはいかんのじゃ! お前には家虎との決着をつけるという大事な使命があるじゃろが!!!)
(困っている命の恩人をほっといて自分だけ逃げろってか? そっちこそふざけるな!!)
(お前の仕事は征夷大将軍としてこの国を安寧に治めることじゃ! 人助けをして回ることじゃないのじゃぞ!!)
(それに上様。明け方、縁側に小石にくるんでこのような置き手紙が残してありました…)
 大二郎は黙って小さく折りたたんだ手紙を渡す。
 家竜がこっそり開けてみると、それは楓からのものであった。
 学のない楓らしい金釘流の拙い文字でこう書いてある。

『うえさま
 そんなおんなにでれでれしてないで はやくさきをいそぎませう
 つぎのしゅくばで みやびといっしょにまっています』

(ほれ、楓ちゃんもこう言うとるじゃないか! 目先の感情に溺れるな家竜!)
 藤兵衛が厳しい表情で囁いた。
(しかし…お師匠!)
 三人が顔を突き合わせてぼそぼそ言い合いをしていると、お蝶が再び口を開いた。
「いいんですよ。今のお話はお忘れ下さい。これはあたしらの仕事でございます。お客人にご迷惑をかけるわけにはいきませぬ」
「し、しかし…」
「当面の路銀は差し上げますから、早くここをお発ちになって下さいませ」
「…………」
 きっぱりと言い切ったお蝶の表情には有無を言わせぬものがあった。
 家竜は結局、藤兵衛と大二郎に押し切られる形になり、とりあえずの着物と旅支度を整えてもらうと急ぎ出立することとなった。
 別れの間際、家竜はじっとお蝶と見つめあっていた。
「あんたの力になれなくて済まねぇが…。こっちにも色々事情があるんだよ」
「いいんでございますよ。あなた様がご無事でいてくれたらあたしは…」
 気丈な言葉を吐きながらも、心惹かれる男を気遣ういじらしい女心である。
 思わず抱きしめてやりたくなる家竜だったが、流石にそれは思いとどまった。 
「お蝶さん…」
 後ろ髪を引かれるような気持ちで家竜は清水一家を後にした。

 一行が旅立ってすぐのことであった。
 清水一家の玄関に代官所の役人たちがどかどかと踏み込んできた。
「お蝶! お蝶はおるか!」
「はい、何のご用でございましょう? お役人様」
 帳場からお蝶が落ち着き払って出てくると、捕方が一斉にお蝶を取り囲む。
「姉御に何しやがるんでいっ!!」
 松五郎が凄い勢いで飛び出してきたが、棒を持った捕方に阻まれた。
「昨夜、出歯亀の金蔵の賭場を荒らしたならず者の男三人を匿ったであろう! そ奴らをどこへやった? 隠しだてするとためにならぬぞ!!」
「さぁ? あたしは昨夜、難儀している旅のお人を救いはしましたが、賭場を荒らしたならず者など存じ上げませんよ」
「お役人様! この女が言うことは嘘っぱちですぜ! あっしは昨夜、この女が流れ者を呼び込んで賭場荒しを頼んでいたのをこの目で見たんです!!」
 役人の影からすっと顔を出したのは明神の常吉である。
 明け方、放り出されていた勝手口でさんざん蚊に刺され、真っ赤になった顔をほっかむりで隠しているのが滑稽であった。
「てめぇ常吉ぃっ! 振られた腹いせに嘘の密告しやがって!!」

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