暴れん棒将軍 38
ぶんっ!! ぶんっ!! ぶんっ!! ぶんっ!!
さらに鋭い斬撃が襲った。
雅の全身を圧倒的な恐怖感が突き抜ける。
(とても私の勝てる相手ではないっ!!)
そう諦めた瞬間、下腹部に木剣が突き刺さった。
ドゴッ!!!
「が…っ!! はぁあ"あ"っっっ!!!」
声にならない声を上げ、雅は悶絶した。
「げぼっ! お"え"ええええっっ!!」
ぷしゃああああ〜〜〜っ!! ぼとぼとっ。
口から大量の胃液を吐き出し、股の間からは尿と糞便が漏れ出した。足元には大きな水たまりが、そして着物の裾に大きな染みが広がってゆく。
どさっ。
後ろにのけ反った雅は、無様なガニ股でヒクヒクと痙攣する。
「げほっ! げほっ!」
「一撃で臓腑も破裂するこの剣をくらい、何故生きていると思う? 寸止めよ。次は手足を砕いてやろうか?」
厳徹はじりじりと近づいた。
盲目に成った雅は絶望に震えながら最後の時を待つ。
だが、そんな彼女の耳に聞えるハズの無い声が聞こえた。
「おっと!其処までにして貰おうか!」
(え!?まさかそんな馬鹿な!・・・よりにもよって、元々自分の命を狙ってやって来た相手を救う為に。こんな絶対絶命の場所に戻って来るなんて!!・・・この男は本当に馬鹿な男だ・・・)
だが、そう思いつつも、実の親に捨てられ絶望に染まっていた雅の心は、喜びを感じていた。
「そこにいるのは俺の女だ。あんまり苛めないでやってくれ」
家竜は素っ気なく言った。絶体絶命の危機を前にして驚くほど気負いのない声であった。
鬼の形相を見せていた厳徹の目つきが、一瞬変わった。侮蔑の表情を浮かべている。
「一体何の世迷言だ?! お前は尾張柳生の娘に手をつけたのか? こやつ、よほどのうつけ者らしいな!」
「そんなこたぁ俺の勝手だ。それよりも、お前に一対一の果し合いを申し込む!」
「血迷うな! 既にお前の命は我ら尾張柳生が握っておるのだぞ?! 者ども、やれいっ!!」
厳徹の号令と共に、風のように現れた裏柳生の生き残り達がさっと家竜の周りを取り囲んだ。手に持った刀が一斉に家竜の喉元に当てられる。
しかし家竜は眉ひとつ動かさない。
「ほぅ、尾張柳生を統べる最強の剣客が逃げるのか?! もしや俺とサシで戦ったら負けるなんて思ってるんじゃねぇのか? お前こそ口先だけのとんだ腰抜けだな!!」
「黙れっ!! お前のようなうつけ者が百人かかってきても負けるワシではないわ!!」
「じゃあ受けてくれるんだな?」
「ぐぬ…」
「なら、この物騒な連中を遠ざけてくれ。ついでに雅も逃がしてやってくれ」
「よかろう。お前さえ殺せば全て丸く収まるのだからな。こんな娘など、その気になればいつでも殺せるわ。者ども下がれっ!」
裏柳生の手の者がさっと退いた。
「お前はそこでお前の大事な男が殺されるのを見ていろっ!」
厳徹は雅の腕を掴んで軽々と持ち上げると、そこらの茂みまで転がした。
「駄目だ家竜っ! お前の腕で勝てる相手ではない! 無駄死にだっ!!」
雅は必死に叫んだが、誰も聞いてはいなかった。
「これで決まりだな。さっそくおっぱじめるか!」
家竜が言い放つのと、屋敷の向こうでごおっ…と火の手が上がるのがほぼ同時だった。
凄い勢いで燃え広がり、見る見るうちに周囲が明るくなってゆく。
一同が目を見張った。盲目の雅も顔に熱気を感じてうろたえている。
「こっちも細工させてもらったぜ。楓が屋敷に火を点けた! いずれ奉行所の連中が駆けつけるだろうから、早くケリをつけちまおうぜ!!」
家竜は剣を抜き、大きく間合いをとって対峙した。
しばしの沈黙が流れた。
「…来ぬのか? ならば、こちらから参るぞっ!! ふんっ!!」
ぶう"んっ!! ぶう"う"んっ!!
凄まじい唸りを立てて厳徹の鋭い打ち込みが次々と家竜を襲う。
家竜はなんとか紙一重でかわし続けるが、めりめりと音を立てて植木が折れ、庭石がはじけ飛んだ。
雅を相手にしていた時は本気を出していなかったことがよくわかる。
大きく跳ね上がって倒れた松の陰に飛び込んだ家竜。その背中を冷たい汗が流れ落ちた。
(ヤバいぜっ! まともに受けたら即死だぞ!! こいつぁ化け物かっ!?)
「どうした!! さっきまでのへらず口は何処へ行った?! それでも征夷大将軍かぁっ?!」
厳徹の怒号が響き渡る。