暴れん棒将軍 28
一瞬、雅の顔がぱっ…と輝いた。
「それは本当にござりますか?」
「上様は嘘偽りは申さぬ。安心して行くがよい。そしてお前には一人、供の者をつけよう」
厳徹はぱん、と手を叩いた。
雅の後ろに何か気配を感じた。振り向くとそこには醜い風貌の小柄な男が縦膝で座っていた。
「この者は人に非ず。糞虫じゃ」
この男の噂は以前から雅の耳にも聞こえていた。目的のためには手段を選ばず、残虐に相手を殺してその死体を食らうという噂のある裏柳生の嫌われ者。
「私にこのような供の者なぞ要りませぬ」
「そう言うな。全ての段取りはこの者に任せよ。お前はひたすら敵を倒すことだけ考えるのだ!」
「雅様…。よろしゅうお頼み申します。俺に任せてくれれば必ず奴をおびき出してみせますぜ。ひっひっひ…」
「………ふんっ!」
不気味に笑う糞虫を見て、雅は悪寒が走った。
裏門からこっそりと屋敷を出ていく雅。厳徹はその後ろ姿を複雑な思いで見つめていた。
「あやつが女に生まれなんだら…。本当に家督を譲ってやるものを…。口惜しい話よ」
そう言って厳徹は腕を組んだまま、しばし瞑目した。
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ばさっ!
雅は家竜に向かって編み笠をばっと投げつけ、そのまま抜刀して斬りつける。
放たれた居合の鋭い一閃!
編み笠は真っ二つに斬り裂かれて地に落ちた。
しかし、その向こうに家竜の姿はいなかった。
家竜は編み笠が飛ぶのと同時に大きく後ろに飛び下がり、そのまま抜刀している。
(こやつ…早い…! 私の居合をかわすとは…!!)
雅は一瞬、戦慄した。
普段なら十分に斬れる間合いである。
それを避けるとは、剣士としてよほど勘がいいのだろう。
「おい! 本当に楓は無事なんだろうな!? ちゃんと楓の姿を見せろ!!」
家竜は叫んだ。
「ぐへへ…。女は、たしかにここにおるぞ…」
神社の境内にある大銀杏の陰から、一つの影が姿を現した。
糞虫である。
糞虫は手に持った松明にしゅっと火を点けた。
周囲が赤々と照らされる。木陰から楓が引き出された。
楓は口には猿ぐつわをはめられ、後ろ手に縛られている。
首にかけられた荒縄はそのまま股を通され、太ももまで厳重に縛り上げられていた。
「む"う"う"〜〜〜っ!!(上様、あたいのことなんか放っといて逃げて!!)」
珍しく感情を露わにした楓が、もごもごとくぐもった叫び声を上げる。
「楓! 無事か? 今すぐこいつらを片づけて助けてやるからな!」
「大した余裕だな! 他人の身を心配している場合かっ?!」
しゅっ! しゅっ! しゅっ!
雅が言い終わらぬうちに、鋭い三段突きが繰り出された。
しかし家竜は自ら前に飛び出し、大きく転がりながら剣を横なぎに払った。
(何っ…?!)
家竜の予想外の行動に驚かされた雅だったがこちらも紙一重でかわす。
ばさ…っ!
雅の着物の袖が斬り裂かれていた。
「俺に同じ手が何度も通用すると思ってるのか! そっちこそ俺をなめてんじゃねえのか?」
「ふっ…。お坊ちゃんの道楽剣法かと思っていたが、なかなか手ごわいな。どうやらお前には本気を出してかからねばならぬようだ」
雅の右手が脇の下に伸び、くいっと糸を引いた。
ばさばさ…っ!
着物は縫い目からばらばらに崩れて、そのまま地に落ちた。
雅が下に着込んでいたのは父から拝領した緋襦袢である。
扇と花の鮮やかな金模様が浮き出た緋襦袢。…まるで花魁か? と思わせるほどの艶やかさだ。
そしてその丈は驚くほど短い。
美しく鍛え上げられた雅の太ももが、その付け根まで完全に露出している。
襦袢の下から白い股布もちらちらと見え隠れしていた。
これも父から拝領した三寸幅のさらし布を、下帯にして股間に巻きつけたものだ。
細幅のさらし布は乙女の柔らかな土手を割りくだき、『どら焼き』のような状態で大きく三分割していた。
左右からはちぢれ毛がはみ出し、小さな翳りを作っている。
ここまでの姿をさらしても雅の表情は一向に変じない。