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暴れん棒将軍
官能リレー小説 - 時代物

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暴れん棒将軍 112

 ここで話は十日ほど遡る。
 つまり、名古屋城下の歓楽街が焼失した数日後である。

「う…ううう…」
 家竜が目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。
 高級な夜具に寝かされており、身体には包帯が幾重にも巻かれている。
 どこかの大名家のものであろうか。瀟洒な作りの奥座敷である。
「ここは…一体、何処だ?」
 辺りを見回したが、座敷には誰もいない。
 身体を起こそうとすると全身に鋭い痛みが走った。
「…うっ!」
 痛いというのは生きている証だ。
 あの時、珊瑚に胸を刺し貫かれて櫓から落ちたのは覚えているが、以後の記憶はぷっつりと途絶えている。
 どうやら自分は助かったらしい。
「…失礼いたします…」
 その時、襖がそっと開けられ、いかにも上品な奥女中が現れた。
 両手には盆を抱えており、薬湯らしきものを乗せている。
 その女は家竜が目を覚ましているのに気がつくと、目を見開いて驚いた。
「お客人が!! お客人が目を覚まされましたわ!!」
 大慌てて出て行く女。
 女中の様子から、この屋敷の持ち主が敵であれ味方であれ、とりあえず自分に危害を加えるつもりはなさそうだと判断すると家竜は安心した。
 ほどなくして初老の男がどたどたと駆け込んできた。
「おお! お気づきになられましたか、上様!」
 男は家竜に向かっていきなり土下座をした。
「私、尾張藩筆頭家老・安東飛騨守と申す者にござります!! 上様! 今回のこと、誠に申し訳がありませぬ!!」
「何? …筆頭家老だぁ?」
 その名を聞いた瞬間、家竜には大体の話の筋は読めた。が、ここは黙って相手に喋らせておこうと判断した。
「ほう…。その筆頭家老が、俺に一体何の用なんだ?」
 わざと伝法な口調で言ってみる。
「上様の御命を頂戴して己が将軍職に就こうなどとは神をも恐れぬ所業! まさに悪鬼に魅入られたとしか思えませぬ! 家虎様は乱心されておるのです! この飛騨守、家虎様に成り代わり深く、深くお詫びいたしまする!」
「あ〜…。そんな能書きはいいから、早く本題に入れ。お前は何が言いたいんだ?」
 家竜の口調の裏に怒りを感じ取った飛騨守は、座敷に額を擦りつけて叫ぶ。
「家虎様には隠居していただき、弟君の家未様に家督を継がせますゆえ、何卒! 何卒! お怒りをお静め下さいますよう、尾張藩六十一万石をご安堵下さいますよう、お願い申し上げ奉ります!!」
 家虎の放った刺客がことごとく倒され、家竜本人が名古屋まで乗り込んで来たことに恐れをなし、お家安泰の為にこの男は恭順派に寝返ったのだ。
 君主よりも、身の保身と所領が大事。名より実を取る。よくある話だ。
 家虎の敵は身内にもいた…というわけだ。
「…まぁいい。俺もこれ以上事を荒立てるつもりはねぇ。これは俺と家虎の間の喧嘩だと思ってる。喧嘩のカタさえつけば、後は出来るだけ穏便に済ませてやるぜ」
「はは〜〜っ!! 有り難き幸せ!! この飛騨守、一命に代えても家虎様を隠居させてご覧に入れまする!!」
「ああ、わかったわかった。それより、俺の連れはどうした? 一人でも欠けてやがったらタダじゃおかねぇぞ! とっとと連れてこい!!」
「皆様、ご無事にござります! ただ…」
「ただ…?」
「そ、それは後で申し上げまする! おぉ〜い! 客人方をこちらの座敷にお連れしろ!」
 家竜が声を荒げると、飛騨守は大慌てで飛び出していく。
 やがて、女中たちに付き添われて藤兵衛・大二郎・雅・楓が座敷に入ってきた。

「家竜!」「上様!」「上様!」「上様!」
 皆、目に涙を浮かべて家竜の周りにしゃがみこんだ。
 太ももを刺し貫かれた藤兵衛、全身を斬られた大二郎と雅、恥骨を割り砕かれた楓。
 それぞれ深手を負っており、包帯だらけでまだ身体は不自由だが笑顔は明るい。
「珊瑚ちゃんを救い出そうとしたお前が櫓から落っこちた後…。わしが孤軍奮闘しておったら、武将隊の奴らが舞台に爆薬なんぞ投げおってのう。あわやという時に飛騨守殿配下隠密たちがわしらを抱えて抜け穴に逃げ込んでくれたのじゃ」
「隠密たちがいなければ私たちは舞台の上で、あのまま焼け死んでおりました」
「お役に立てず申し訳ありませぬ。この大二郎、己の不甲斐なさに恥じ入っております!」
「上様ごめんね…。あたいの力が足りなかった。あたいの忍術じゃ皆を守りきれなかったよ」
 最後に楓がぽつりと言うと、家竜は首を振った。
「いいじゃねぇか。とにかく俺たちは助かったんだ。生きてりゃ何とかなるさ」
「その命を救ったのはワシだがな…」
 見れば、女中たちの後ろに一人の医者が立っている。
 尾張藩お抱えの蘭方医・柳田凌雲であった。

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