暴れん棒将軍 110
怒る楓の前には半姫が立ちはだかる。楓が斬りかかった。
キン! キン! キン! クナイとクナイがぶつかり合う鋭い音。
楓と半姫は跳び回りながら激しく立ち回るが、楓の身体から突然がくんと力が抜けた。
見れば首筋に幾本もの小針が突き刺さっている。
「こ、これは…!!」
「ふふふ。どうじゃ、毒針はお前だけが使える技ではないぞ?」
「…………………」
全身に痺れが走っている。まもなく身動きすることも難しくなるだろう。
楓は懐に手を入れると最後の跳躍に賭けた。
上方から煙玉を投げつけて敵を攪乱し、その隙に家竜を運ぼうという算段だ。
「はぁっ!!」
しかし次の瞬間、飛び上がった楓を目がけて瞬姫の槍が打ち込まれていた。
ドスッ!!
「ぎゃんっ!!!」
槍の石突き(穂先の反対側の先端。バランスをとるため鉄をかぶせて重く作られている)で股間を打たれた楓は悶えながら床に転がり落ちる。
「秘技・股間雷落とし!!」
瞬姫はさらに追い討ちをかけ、もう一度股間に槍を打ち込む。稲妻のような電光が舞台に走った。
「ぎゃあああああああああああああ!!!!!!!!」
ふんどしを締め上げた股間に深々とめり込んだ槍の石突き。
次の瞬間、瞬姫から発した電光が先端を伝って楓の全身を駆け抜けた。
多分、この女は希に見る電気ウナギのような発電体質なのであろう。
手練の忍びである楓は、普段敵の攻撃を浴びても決して声などは上げない。
その楓がこれほど苦悶の絶叫を上げるのだから、瞬姫の打撃と電撃の凄まじさがよくわかろうというものだ。
ぷしゃあああああああ〜〜〜〜っ。
瞬姫が槍をどけると、楓の股間から噴水のように尿が吹き出した。
ぐりん、と白目を剥き、そのまま気絶する。
恥骨を割り砕かれ、全身を電撃に貫かれた楓はもはや戦う力を失った。
楓が力尽きると同時に、懐に忍ばせていた煙玉がコロコロと転がっていった。
「どうだ? 小癪な手下どもも全員おとなしくなったぞ! そろそろとどめを刺させてもらおうか!!」
「愛する者を救うことも出来ず、死んでゆく気分はどうだ? 家竜…」
「せめてもの情けだ。苦しまずにあの世に送ってやる」
座布団の上で血を流して横たわる家竜に、ゆっくりと歩み寄る武将隊。
…ごくり。
それまで大騒ぎで喜んでいた観衆も、この鬼気迫る雰囲気には言葉を失い、固唾を呑んで見守っていた。
凝った演出の剣戟舞踊かと思っていたものが、どうやら本物の決闘だったらしいのだ。
誰もが皆、とんでもない場に居合わせてしまった後悔を感じていた。
「…むっ?」
その時、半姫がある異常に気がついた。
楓は恥骨を砕かれて電撃で気絶。
雅は素っ裸にひん剥かれて全身傷だらけ。
大二郎は物干し竿の一閃で倒れたまま、死んだように動かない。
しかし、腿を刺し貫かれて倒れたはずの藤兵衛がどこにもいないのだ。
ぼん!! ぼんっ!!
突然、舞台のそこかしこで楓の煙玉が爆発した。たちまちもうもうとした煙が立ち込める。
「むっ! これはまずい!!」
「やあああああっっ!!」
慌てた武将隊が全員で家竜の倒れている辺りに剣を突き込んだが、その切っ先はどれも虚しく空を切った。
「おのれっ! 姑息な手を使いおって! まだ逃げ回るか?」
武姫が怒りに声を震わせた。
「秘技・旋風剣!!」
小姫が物干し竿をぶんぶんと風車のように振り回すと猛烈な突風が巻き起こった。
周囲に立ち込めた煙は徐々に晴れてゆく。
見渡すと、倒れていたはずの家竜も、楓も、雅も、大二郎も、珊瑚さえもいない。
「むう!! …こ、これは…っ?!」
傷を負った身体でありながら、たったこれだけの間に五人もの人間を連れて姿を隠すとは!!
藤兵衛の気力・体術の凄まじさに十姫が思わず唸った。
武将隊の面々は消えた家竜らを探して周囲を見回した。
舞台中央から転々と続く血の跡が舞台袖の緞帳(どんちょう)の陰へと続いている。
生乾きの血痕を認めた半姫があはは、と笑い出した。
「そうか、そこか…。この期に及んで往生際の悪い奴らめ!」
「秋山藤兵衛よ! こそこそと逃げ回り、まだ策を弄するか!!」
怒る武姫が緞帳に向かって呼びかけた。
しかし、答えはない。
ブス、ブス…。
何やら焦げ臭い匂いとはぜるような音が辺りに漂ってきた。緞帳が燃えているのだ!
火がついた緞帳をばっと払いのけ、中から藤兵衛が姿を現した。
その後ろには家竜らが横たわっている。
「策ではない!! 勇気じゃ!!」