暴れん棒将軍 107
「なんだ?一騎打ちでは無かったのか?」
「何時誰がそんな事を言ったか?」
見ると武姫と家竜を分けるように一本のクナイが床に突き刺さっている。
「オイッ楓!どういう心算だ!勝手に手を出してくるんじゃねえ!!」
一対一の決闘を邪魔された家竜は、八つ当たり気味に楓に叫ぶ。
「上様・・・今、楓殿がクナイを投げなければ上様は死んでおりました・・・楓殿の行動は臣下として賞賛されてしかるべきかと・・・」
楓の行動を弁護するように大二郎は、恐る恐るそう進言する。
家竜にも勿論それは分っていた。
もしも楓がクナイを投げなければ家竜は首と胴で三つに分かれていただろう。
だが、家竜は一人の剣士として決闘を穢された事に釈然としないものを感じた。
「上様・・・残念ですがここは一度引くべきかと・・・」
「そうだな・・・」
一度中断した事で頭が冷えたのか、家竜は大二郎の進言に素直にそう応じる。
「おっと!残念ですが我々も素直にお帰りいただく訳には行きませんね!」
この主従のやり取りに天草は人の悪い笑みを浮かべる。
「だ、そうだぞ若造。素直に降伏したらどうだ?」
「生憎とそういう訳にはいかんでね・・・」
家竜がそう言って開き直ると、藤兵衛や大二郎、雅がぐっと前に進み出た。
ジリジリと武将隊に近づいて間合いを図っている。そこには、
(家竜様を傷つけるものは何人たりとも近づけぬぞ!!)
…という気迫が滲み出ていた。
「ふふふ…。お主をこのまま殺してしまうのは容易いが、それではあまりに面白味がない。ただ倒すだけなら野暮な田舎者にも出来るわえ…。それにここは舞台の上。客を楽しませるためにもそっと趣向を凝らすのもよかろう。それっ!!」
時宗の合図と共に、珊瑚を括りつけた円盤ごと舞台の一部がせり上がった。
ゴゴゴ…。おおおおお…ッ!!
その意外な仕掛けに観客たちがどよめいた。
珊瑚を乗せたまませり上がった舞台は、木の骨組みを露わにして櫓のようにそそり立っている。高さは十六尺(約5m)程であろうか?
大きさだけでなく様々な仕掛けが施された芝居小屋なのである。
「お主の望みはあの娘を救い出すことであろう? ならばひとつ賭けをせぬか? 我らからあの娘を取り戻せばお主らの勝ち。それを防ぎ通せば我らの勝ち、お主の命をいただく。如何かな?」
「おもしれえ。乗ってやろうじゃねぇか。男に二言はねぇだろうな?!」
「無論だ。我らが欲しいのはお主の命だけ。お主が勝っても負けても、そこな娘とお主の配下は見逃してやろう。だから安心してかかってくるがよい」
時宗はそう言うと、後ろを振り返って武将隊の面々に目配せをした。
これは、
(どうせいつでも殺せるのだから、手心を加えつつ適当に遊んでやれ)
…という合図でもあった。
「じゃあ商談成立だな。いくぜっ!!!」
チャキッ!!
家竜がぐっと前に進み出ると、大二郎が、藤兵衛が、雅が、楓が、手に持った刀を構え直した。
その動きに合わせて武将隊も各々家竜らと向き合った。
家竜には武姫。大二郎には小姫。 藤兵衛には舜姫。雅には十姫。そして楓には半姫。
時宗はそのまま下がり、舞台裏へと消えた。
ごくり…。
一触即発の張り詰めた雰囲気に観客は固唾を呑んで見守っている。
それぞれの剣士がお互いの呼吸と間合いを計って斬りかかるタイミングを伺っているのだ。
「今日の舞台は芝居仕立てか!! ええぞ〜〜っ!! やれやれぇ〜っ!!!」
能天気な野次が飛んだ瞬間、鋭い気合と共に一斉に激しい剣戟が始まった。
「きえ――――ッ!!!!」
キン! キン! キン! キン! キン!
家竜は再び武姫に斬りかかったが、いくら打ち込んでも全て受け切られてしまう。
先方から打ち返してきても、その剣先には先程までの鋭い殺気は感じられない。
まるで師匠が拙い弟子に優しく稽古をつけてやっているようなかんじなのだ。
観客から見れば、よく計算された殺陣。華麗な舞のようなものだった。
(この女…。こっちを弄んでやがる!! ちきしょう! 舐めやがって!!)
家竜は全身に怒りが湧き上がった。
しかし、家竜がやっきになって打ち込むほど観客が沸き立つだけだった。
相手は時宗に命令されて、手加減しながらこちらが疲れ果てるのをただ待っているのだ。
同時に小姫・瞬姫らに斬りかかった藤兵衛や大二郎も、家竜と同じものを感じていた。
「上様! これじゃいつまで経っても埓が開かない! ここはあたいに任せて!!」
舞台上を跳ね回り、半姫と切り結んでいた楓が叫んだ。