ほんの少しの勇気で人生って変わると思う 900
「今は、こうして暮らしているから、そうそう新しい出会いはないわ。でもそれでいいの」
弥生さんは清々しく、優しい笑顔で言う。
「椿に突然違うお父さんができたら驚くだろうし、あの子のことを考えたら今のままがいいと思う。それに」
「それに?」
「そんな人がいたら匠くんと顔が合わせづらいじゃない」
「うぇ?!…ぼ、僕ですか?…」
突然に振られ焦ってしまう…
「そう…あんな一方的に別れることを宣告して、今でも悪かったとは思っているのよ…」
「あっ、そうだったんですか?…」
それを聞けてなんだかホッとする…
「そ、それじゃあ…あの時僕らが別れなければならなかった本当の理由って…今なら教えて貰えますよね?…」
「ふふ、もう時効かしらね」
弥生さんは表情変えず笑顔のまま言う。
「留学の意思があったのは本当だよ。離婚が決まって自由になれたらもう一度夢を追いかけてみようと思ってた」
「それで…」
「匠くんには、私なんかじゃない、もっといい恋愛をして欲しいってね…」
「身を引いたってことですね…」
香澄がしみじみと言う…
「ええ…本当は一緒に行きたかった…、そうお願いしたら…若い匠くんはそうしてくれるのも分かっていた…」
確かにそんなこと言われたら、僕は大学も何もかも捨てて弥生さんに着いて行っただろうな…
「そんなことをさせる訳にはいかない…そう思ったんですね?…
「そうね。私と結ばれたとしても、私の方が先に行ってしまうから…匠くんにはもっと幸せになって欲しいと思ったの」
…弥生さんの話を今になって聞いて、ようやく肩の荷が下りた気分になった。
あのときの僕はまだ子供、そんなことを聞いても絶対に納得いかないだろう。でも今はそうじゃない。