ほんの少しの勇気で人生って変わると思う 856
思わず大きな声を上げてしまう。
カフェテリア内は人が少なかったので窘められることはなかったのが幸いだが。
「匠くんは初めて聞いたかもね。実は、ね、言葉通りよ」
「沙織ちゃん、今も彼氏がいるなんて話でしたけど…」
「…その後のことはよく知らないけど」
「何で沙織ちゃんの彼氏は…」
「山登りが趣味だったそうで、そのときに…」
山登りで…
そう言われれば確かに彼氏の話しをする時の沙織ちゃんは、物悲しそうだった…
僕はてっきり彼氏は淡白で、そっちが御無沙汰なのかとばかり思っていたけど;…
「そんなことがあったなんてちっとも知りませんでした…」
「ええ、私たちも極力その話題には触れないようにしているから、匠くんの耳に入らなかったのも当然ね…」
沙織ちゃんはいつもそのことを隠すように仕事に打ち込んでいたというわけか。
徹夜で持ち帰って仕事するっていうのもそのひとつだったんだな。
「なんか、申し訳ありませんでした」
「匠くんが謝ることじゃないわ。私たちも、沙織ちゃんを励ますために手は尽くしてるから…匠くんも、今回こうして知れたわけだからできれば協力して欲しいな、って思う」
運ばれたコーヒーを手に取り、夏子さんが言う。
僕なんかに出来ることってあるんだろか?…
「彼女の為に…僕はどうすれば?…」
「そうね、匠くんはいつも通りでいいんじゃない?…」
「へぇ?いつも通りって美月ちゃん…どういうことさ?」
「だからぁ…今朝みたいに元気なところを見せてあげるとかぁ〜…」
ヤベェ;…やっぱ見られていたんですね;…
「いくら新商品を市場に通したいからって、沙織ちゃんも匠くんの身体を使ってまであんなことするなんて、ね」
「沙織が仕事にひたむきなのは素晴らしいことですけどね」
…沙織ちゃんに押し切られる形ってのもちゃんと知ってるお二人。
僕は隠すのをやめた。何も言わないでおく。
「匠くんも無理しないでね。嫌だったら断っても構わないから」
「沙織の身体も心配だしね」