ほんの少しの勇気で人生って変わると思う 713
僕は一歩後ろを歩く栞に振り向き親指を立て、“ダイジョウブ…”と口パクで言った。
「ここだよ啓くんち…」
僕らはマンションの敷地内に入り、その高層の建物を見上げた。
「うわぁ、啓くんのお母さんって金持ちなんだぁ!」
それゃあ、ゆかりさんは青山コーポレーションの部長さんだ…それなりの額は間違いなく貰っているだろうね…
そういえば、栞も就活で青山コーポレーションの内定を勝ち得てるんだっけ?
だったら失礼のないようにするのは…今注意するのは野暮だろうか。
「啓くんのお母さんは、僕の上司だから」
「えっ、ホントに?」
「栞だって青山の人間にいずれなるんだからな」
「そ、そうでしたっ…」
「ゆかりさんは素敵な人だから、栞もきっと気に入ると思うよ…」
「ゆかり…さん?…」
「あっ、僕の部署では皆名前で呼び合うんだ…だから僕も“匠くぅん”って訳さ…」
「クスッ…私はまたそのゆかりさんと匠兄ぃが特別な関係なのかと思っちゃったぁ」
「ぅおぃ!僕は花木恭介とは違うんだぜ!…」
「へへ〜、匠兄ぃったらぁ」
栞にいつもの笑顔が戻る。
「匠兄ぃはホントすごいよ、私なんてさ」
「何が…いったいどうした」
マンションの中に入り、エレベーターでゆかりさんたちの部屋へ向かう途中、栞はふっと零しだす。
「匠兄ぃは、弥生さんのこと好きだったんだよね…」
「知ってたのか…」
「知らない訳ないよ…声…聞こえていたもん…」
うわぁ;…
確かにあの頃の僕らは盛りのついた犬みたいに、所構わずヤッていたからな;…
「わ、悪い…小学生には刺激が強過ぎたよね?」
「ううん…あの頃から私、そういうことが悪いことだとは思わなかった…だって弥生さんも匠兄ぃも凄い幸せそうに見えたから…」