ほんの少しの勇気で人生って変わると思う 650
テーブルの上には美味しそうなクッキーとスポンジケーキ。
人数分に分けられ、アイスティーも並べられる。
誰が何か言ったわけでもないのに、自然とこうなる手際の良さには感心するほかない。
弥生さんはまだ赤い目をこすりながらも微笑み、隣では椿ちゃんが満面の笑顔。
…こんな光景、もっと早く見たかったなんて思ってしまうが。
「それで今日は、何かあったんすか?…」
ストローを啜りながら、啓くんが弥生さんの顔を見た。
皆が思っていたにも関わらず聞くことが出来なかったことをあっさりと聞けるなんて、そのデリカシーの無さは、ある意味才能かもしれないね;…
啓くんの言葉に弥生さんは背を正し、親父とお袋の方に向き直る。
「鈴田さん…鈴田美恵子さん、覚えてらっしゃいますよね?」
弥生さんの口からも出た鈴田美恵子さんの名前。
さっき僕や香澄と話した親父は黙って頷くが、お袋はキョトンとして
「鈴田さんが、どうかしたの?」
と弥生さんに尋ねる。
さっき親父から聞いたこともあるので、あまりお袋に変なことを言うと不味い。
「明日、鈴田さんが青山くんに会いに来るのよ」
「あらぁ、またどうして?…」
お袋は不思議そうに顔を傾ける。
「青山くんが連絡したそうなのよ…何でも息子さんの巧…」
不味いと思い僕はアイスティーの入ったグラスを倒した。
「何やってんですかぁお兄さん!」
「悪い悪い!すみません弥生さん;服に掛かりましたよね;…」
「えっ?ええ?」
弥生さんは突然の事態におろおろしている。
当然、服なんて汚れていないのだけれど、親父とお袋に頭を下げながら香澄とともに弥生さんを連れリビングから抜ける。
「すみません弥生さん」
「匠くん…香澄ちゃん、どうしたの?」
「いえ…今はですね、お母様に向かって鈴田さんのお話は控えておいたほうがよろしいと思いまして…私たちにだけ、こっそりと教えてほしいのであります…」