ほんの少しの勇気で人生って変わると思う 372
…そう思うと複雑だ。
さっきまでの興味も少し薄れる。
「香澄ちゃんはどこに?」
「じゃあ、ご案内しますね」
桜ちゃんについて行く。
和彦さんも自分の用事があるのだろう、すでに姿はなかった。
「あれからいろいろありましてね」
「それは、僕も一緒だよ」
「そうそう、匠さんは就職がお決まりになったとか、おめでとうございます。」
「ああ、これで何とか香澄ちゃんと向き合えるようになったさ!…」
「それはそれは…ただ…お嬢様の気持ちが変わらないといいのですけど…」
「へぇ?…それってどういうこと?…」
「隠しておいても仕方ないので言いますけど…実は今…あの執事が遊びにいらしているんです…」
…あの執事?
「ええと、以前お話になりませんでしたっけ…杏さんが来る前の、男の執事」
ああ…!!
それこそさっき和彦さんの話にもあった…
「どういう風の吹き回しかは私にもわからないです…彼も一応は青山家の関係者だっただけに、無碍に出禁にするわけにはいきませんでした」
桜ちゃんは肩を落とす。
「正直、私は彼のことは好きではありませんでした。お嬢様は、匠さんと一緒であって欲しいんです」
「あ、ああ…」
桜ちゃんの励ましともいえる言葉を、上の空で聞いてしまう…
あの執事がなんで今さら…という思いが僕の中でうごめいた…
香澄ちゃんが初めて好きになったという男…
家出したのだって、その執事との恋が報われなかったことが根底にあったんだもんな…
―複雑な思いを抱きながら桜ちゃんと並んで歩く。
「桜ちゃん!」
「え、あ、お嬢様」
廊下を駆けて来る香澄ちゃん…
「あ…」
香澄ちゃんは、僕の顔を見て少し驚いたあと、笑顔になった。
「お久しぶりです、匠さん」
「あ、ああ…」
「さっきまで、人とお会いしていたのでは」
桜ちゃんが尋ねる。
「ええ、お帰りになりましたぁ」
相変わらず笑顔の香澄ちゃん。