ほんの少しの勇気で人生って変わると思う 285
伊藤さんは喉仏を上下し、一気にグラスを空にした。
「何か、どうしても別れなければならない理由が…あったんだな」
親父は伊藤さんのグラスに焼酎を注ぎながら、ゆっくりと言った。
「俺が…俺が悪かったんです…あいつにも啓にも…結局は彼女にも辛い思いをさせてしまった…」
「彼女?…別の女が関係しているのか?」
ああ、やっぱり涼香さんとのことが離婚の原因なんですね…
「結局、2人とも、俺とは離れてしまった…啓が俺を信じてくれたのは、唯一の光でした…」
…まあ、涼香さんも離れた存在ではあるよな…
「そうか…いろいろあったんだな」
親父は伊藤さんの肩をポンと叩いた。
「未だに、2人に謝ることさえできてなくて、男として情けなく思います…」
伊藤さんは肩を落として言う。
「その気持ちを持ってさえいれば、きっとその機会は訪れるさ。時が問題を解決してくれることは、往々にしてあるもんだぞ…」
「先生!」
親父…皆に親われるのが分かったよ…
「さあ今日は難しいことは考えずに、心ゆくまで飲んでくれよ。」
「は、はい!」
顔を高揚させた伊藤さんは煽るようにして喉を鳴らすと、親父に向けグラスを差し出した。
…久しぶりに会った教師と教え子が杯を傾ける。
いい光景ではあるのだが…
「親父、人の部屋でやるなよ…」
「まあまあ、堅いこと言うなよ。匠もほら、飲めよ」
「それに、晩飯前に飲んだくれて寝ちゃうと、お袋が怒るぞ?」
「おっそうだったな。今日は匠のお祝だからって、朝から張り切って晩飯作っていたもんな。」
…ああ、そんなメールが僕にも来てたっけか。
「それじゃそろそろ俺はこの辺で…」
「あらぁ!何水臭いこと言ってるのよぉ?、啓くんのお父さんなんだからもう家族同然!ちゃんと匠のお祝に参加してもらわないとぉ!」
お袋;…何時からそこに居たんです?;