性先進国 22
エマンは、一郎に向かって言った。
「あの、この会社は日系と聞いたのですが、あなたは、日本人ですか?」
「そうだが」
「あの、日本のメディアを、呼ぶことって、できないでしょうか?」
「日本のメディア?!」
一郎は面食らった。彼にはもちろんマスコミの伝手など無い。
「日本は、世界でも有数の『スケベ』な国民、と伺っております」
「『スケベ』?!」
エマンは、確かに「スケベ」と発音した。
困惑する一郎をよそに、エマンは続けた。
「我が国の方針が、欧米や中東などの、一神教の地域から見るときわめて受け入れがたいことはご理解いただけると思います」
「…ああ」
「もし、我が国に資源があるとか、戦略的な要衝であるとか、があったら、きっとA国の情報機関がヤランネンに肩入れして政権を倒してしまうと思うのです」
一郎は、これは確かにそうだろう、と思うしかなかった。
「だから、ヤランネンのやり方を世界に伝えるには、スケベな日本の方の力を、お借りしたいのです。日本とA国が同盟関係、ということは理解していますが、価値観は、むしろ我が国に近いと、思うのです」
「…エマン君、話は分かるのだが…『スケベ』って、どういう意味と認識してる?」
「はい…日本の言葉で『性的に活発な』っていう意味、と聞いたのですが」
「あ、それは、私が、アレクに、教えたことなの」
リズが後ろから言った。
「子供時代の日本人の友達が、そう言って…私たちのファミリーネーム『スフェベンソン』が、読み方によっては『スケベンソン』になる、って話があって」
一郎は、そいつが心の中で笑っていただろう、と、ちょっとむっとした。
「…間違いではないんだが…日本語では『スケベ』は、ほめ言葉ではないから、あまり日本人の前では使わないほうがいいよ」
「はい…」
リズとエマンがほぼ同時にそう答えた。
それで、メディア…趣旨は判るが…正直、日系企業の一社員に請け負えることか?と、一郎は思った。
「…それで、メディアだが…ウエブメディアとかなら、可能性はある…が、ちょっと、自分一人の力でできるかどうか…」
「セクロスの真の姿が伝わることは、きっと御社の利益にもなりますよ」
確かに、それを言われれば、そうだ。
日本からセクロスへの観光客は、まだまだマニアックな域だった。
もっと、普通に来てもらえれば。それは、確かに一郎にとっても目指すところではあった。
「ああ…わかった。ちょっと、社長に掛け合ってみるよ」
「お願いします!ヤランネン、きっと、A国のとか、一神教系のメディアを仕掛けてきますよ」
電話を掛けるために一旦外に出た一郎だったが、正直かなり面食らっていた。
一神教地域、と言えば、A国や隣のR国、世界の主要部分かなりそれに当たる。それを敵に回そうとしているのか??
とはいうものの、電話に出た社長は意外に乗り気だった。
「それは、国費が出るということか?」
「ええと、それは飛躍と思うのですが…」
「この国の政策を考えると、出るのはおかしくない…それなら、ネットメディアを通じて、日本人オタク三人を特派員に指名しよう!」
「ええっ…」
「セクロスの正しい姿を日本に伝えるのが目的なんだろう。来てもらった記者には、問題になっている東部情勢プラス、セクロス中央も体験してもらって日本のネット民にセクロスを伝えてもらおう!」
“『謎の風俗国家』セクロスにご招待!”
伊藤邦夫は今日も明け方までネットサーフィンをしていた。
ああ、ロゼッタニュースか…変なニュースばかり伝えるサイト…
それでも、邦夫はセクロスという国にはちょっと興味があった。ネット上では“セックスやり放題の国”“裸のねーちゃん見放題”など真偽不明なうわさが多数。そして実態が極端に不明な小さな国。
時間的に意識朦朧としていた邦夫はそのリンクをクリックした。
ツアー主催:フジワラ観光…聞いたことないな
後援:セクロス観光省?
応募条件には、速やかに都内のロゼッタニュース編集部に面接に来られることや、有効なパスポート保有、指定の4日間でかけられること、18歳以上で男性の性自認があること…などが書かれていた。
邦夫は、高校の修学旅行の時に作ったパスポートを引っ張り出した。まだ有効だった。
他の条件は、都内で引きこもっているニートの邦夫には楽々クリアできるものだった。