性先進国 20
暗い、懲罰房で、アレクセンは怒りに打ち震えていた。
親が、何をしたっていうんだ…
確かに、彼らと考え方は正反対かもしれない。
しかし、親のボランティアで助かった人も多かったはず。
ここでの「社会奉仕」だって保育園での奉仕もあるという…それと、何が違うんだろう…
大人って、勝手だ…というより、大人も、みんな、大したこと、ないのかもしれない…
夕方になって、いつもよりさらに質素な食事が差し出されたが、彼は食べなかった。
そして、夜になっても、なかなか寝付けなかった。
それでも、うとうとくらいはしたようだった。
翌朝の朝食は、少しは食べられるくらいになっていた。
腹が減っては、戦はできぬ。
看守役の教官に付き添われて、初日に会ったあの先輩が訪ねてきた。
先輩は厚い本を差し出した。
「教典だ」
「教典ならそこにあります」
ここに来てから、多くの場所で見かけたその本は、この房にもあった。
「これは簡単に解説した本だ。これを読んで、心を落ちつけろ」
それだけ言うと、先輩は去った。
読むものか!アレクセンは思った。
しかし、初日も、情報を教えてくれた先輩だった。何かいいことがあるのだろうか…
彼は本を開けた。
それは本をくり抜いて作られた箱だった。
そこには、彼のスマホと、WiFiルーター(彼はそのくらいは分かるITの知識を持っていた)そして紙片が入っていた。
「この状況でも、この地でも、憲法はまだ生きている。正当な令状がない限り、通信の秘密は守られる…」
憲法…
彼は授業以外でそのようなものを意識したことはなかった。
彼は、頭の奥から、授業で習ったことを取り出そうとした。
確か、憲法は、近代的なごく普通のもの。20年前のシタルネン革命で、立憲君主制から共和制に最小限の書き換えが行われただけ、というような話を思い出した。
「革命時は、まだシタルネン主義そのものには反対も多かった。だから、ハードルの高い憲法改正は、多くの人が一致できる最小限だけにして、あとのいろいろな政策は、彼は法律で実現したんだ」
当時の先生の説明がよみがえった。だから、シタルネンの政策が通じないここのような郡ができても憲法には矛盾しないのだ。
通信の秘密…って言っても、ルータからここのLANを通る間は、守られないよね…
アレクセンは、学校の勉強は平均よりできないのだが、こと自分の興味を持ったことなら、大人顔負けの知識を持っている。
彼は、VPN(ヴァーチャルプライベートネットワーク・外からLANなどにつなぐ方式)で学校のLANに接続した。
彼のアカウントは有効だった。学校も彼らの手に落ちているので大差はないのかもしれない。彼は級友に最低限のメッセージを送った。
それから彼は(非公開の情報をハッキングするほどの技術は持っていないので)公開されているいろいろな情報を閲覧した。これなら、ばれても「よきセクロス人になるために、世の動きを知ることは必要と考えました」で言い訳できるだろう。
よし…一か八かだが、これならいけるかもしれない…
彼は、次の食事を持ってきた教官に「母に会います」と告げた。
10分と経たないうちに、昨日の聖職者教官が現れた。
「君は、ようやく母親に会う気になったのだね」
教官は、一見優しい眼をしていた。
「はい。母にあって、もう一回、話をしたいです」
「では、この施設に来てもらうよう、君から電話したまえ」
アレクセンは、大きく息を吸った。
「母は…仕事で忙しいです…外貨を稼ぐ、国のための仕事です」
「下劣な仕事ではないだろうな」
「『白猫であろうと、黒猫であろうと、ネズミを捕る猫が、良い猫だ』という、東洋の偉い人が言った言葉を、ご存じありませんか?」
教官は一瞬たじろいだようだった。
「その例えはよくわからんが…それがどうしたのかね」
「どんな仕事であっても、国のためになることには、変わりありません。母はイテスデンで働いています。イテスデンで、会うのはいかがでしょう?」