元隷属の大魔導師 47
しかし翌朝、誰もが思いもしない事件が起こった。
ヒルツ皇子がシュナイツ近衛魔導隊の隊長デルマーノに殺害されたのである。
ヒルツが逃亡しようとしていた所をデルマーノが発見し、魔導師であったヒルツが致死級の魔法で奇襲――諸事情の為、反撃し、誤って殺害してしまったらしい。
その報は直ぐ様、クレディア軍へと伝えられた。
(あれほどの使い手が殺害して『しまった』、だと?)
軍が混乱する中、フィリム・フィンドルはそう思った。
確かに、個人的な怨恨で殺したのかもしれないが、皇子に会って間もない彼がそれほどの恨みを抱くとは考えにくい。
だからと言い、シュナイツ王国が皇子を殺す利点はない。
混乱するフィリムより先に軍が答えを出した。
死んでしまったモノは仕方ないので死体を引き渡せ、とクレディア軍はターセル皇国へと伝達した。
暫く後、ターセル皇国は是の旨を返した。
掘りに渡しが掛かり、黒竜を先頭に三十余の騎馬と一台の馬車がクレディア軍へと行進してきた。
黒竜を駆るのはフィリムが見覚えのある魔導師、デルマーノである。
「イッヒッヒッ………皇子様の亡骸だ。ほれっ」
デルマーノはまるで小麦の袋でも扱うかの様に布に巻かれた遺体を投げた。
遺体の確認に来たクレディアの騎士は屍の顔を確認し、頷く。
「確かに、ターセル皇国第一皇子ヒルツに間違いはない」
「だろ?」
「……しかし、貴様には礼は無いのか?他国とは言え、皇子であるぞ」
「はっ……だから何だよ?死ねば皆、土塊と変わんねぇ、違うか?」
「ふんっ!」
これ以上の問答は無駄と、騎士は本陣へと帰っていった。
遠巻きの兵たちの中からその様子を眺めていたフィリムは彼の目的にやっと気が付ついた。
恐らく、デルマーノの蛮行は売名の為だろう。
実際、今ここにいるクレディア兵達は彼の名を覚えたはずだ。
そうこうしている間に皇妃らの確認も終わり、クレディア兵達が避けて作った道をシュナイツ近衛騎士隊は駆け抜けていった。
二日を掛け、シュナイツ近衛騎士隊は国境を越えた。
来る時にも通過した関を少し、過ぎた辺りで彼らは停止する。
街道脇の大岩に青年が座っていた。
青年は抱えた籠から林檎を取り出すと、黒竜に乗ったデルマーノへと投げてよこす。
「よう……調子はどうだい?『デルマーノ』」
「……その名は貴公のモノだろう」
「ヒッヒッ……じゃあ、何て名前だよ?」
岩に座ったデルマーノは地へと飛び降り、黒竜に跨る青年に尋ねた。
アルゴの背に乗るデルマーノの顔が一瞬、歪むと、その顔はヒルツのソレに変わる。
「そうだな………ヘルシオ、ヘルシオが良いな」
ヒルツ、改めヘルシオはそう言うと笑い、アルゴから降りた。
「上手く……いった、わね」
アリアはふぅ〜、と深呼吸をすると、馬を操りデルマーノに近寄る。
「イヒッ……そりゃ、俺が関わったんだ。当然だろ?」
(まずはヒルツ……じゃなくてヘルシオに似た死体を用意する。戦場だからな、沢山あった。