幼魔鬼譚〜悪戯好きのアリス〜 32
紅夜叉はその気配の主が誰か分かると、露骨に嫌そうな顔をした。
そうこうしていると、紅夜叉が苦手としている『あの娘』がぴょこっと姿を現した。
「やっほー、紅ぃ♪」
快活に紅夜叉へ挨拶し、ぴょこぴょこと手を振る少女。
見た目10代後半、白のワンピースに真っ赤なコートを羽織り、覗く生脚には黒いブーツ。そして金とも言えそうな白髪は、如何にも今時の若者といった出で立ちだ。
彼女は『白面(はくも)』という妖怪で、自由に長さを変えられる首を持つ、俗に言う『ろくろ首』であった。
紅夜叉とは境遇を同じくし、ほぼ同年齢であった為に、昔は仲が良かったのだが……
「わー! こら、参道は端を歩け! 罰が当たるぞ!」
ずかずかと無遠慮に参道のど真ん中を歩いて来る白面に、紅夜叉は声を荒げる。
白面はぶぅ、と頬を膨らませ、今度は参道を大きく外れ、社務所の方へと向かっていく。
「わー! こら、ちゃんと鳥居をくぐれ! 不法侵入だぞ!」
「もー、うっさいなー! 紅ぃ細かーい」
再度声を荒げる紅夜叉に対し、軽口で不快感を表して見せる白面。
紅夜叉は、白面のこういう所を苦手としていた。
「はぁ……疲れるよ、お前」
紅夜叉は溜め息をつき、関わりたくないという様に掃除を再開する。
白面は舌を出して紅夜叉を嘲り、大股で参道の端を歩いて鳥居をくぐる。
その様子を見て、紅夜叉はまた大きな溜め息をつくのだった。
「ったく、千穂ねぇも嘆いてるぞ」
「へ? なげいてるってどーいう意味?」
紅夜叉はこめかみがピクピクと浮き立つのを感じつつ、諦めに似た表情を浮かべる。
昔は……などと思いつつ、紅夜叉は白面に尋ねる。
「で? お前何しに来たんだ?」
「あれ? 桜さんに聞いてたんじゃないのー? あの集団猟奇殺人のことを千穂様にほーこくに来たの」
白面は首を傾げながら、何やら物々しい事を口にする。
それを聞いて、紅夜叉も同じく首を傾げる。何の事かさっぱりだったのである。
「どーせご飯ばっかり食べてて話聞いてなかったんでしょ」
何となく図星の様な気がして、紅夜叉は面白くなさそうに口を尖らせる。
それを見て、しめしめと口を手で押さえる白面。しかし悟られぬ様、こほんと一つ咳払いをする。
「あーあ、全くぅ。千穂様が嘆くわけだ」
「ぬなぁっ? お前さっき嘆くの意味知らねーっつったろ! こけにしやがったな!」
白面の言葉に激昂し、竹箒を振り上げる紅夜叉。先程までのしおらしさが嘘の様だ。
「きゃー♪ 鬼さんこわーい」
白面は無邪気に笑いながら、社務所に向けて参道のど真ん中を走り出す。
勿論、それに対し紅夜叉がまた声を荒げるのは当然の流れで……
「端通れ、このバカろくろ首ー!」
不穏な動きが見られるこの街にして、何とも平和な光景に、鳥居の上のおとろしは苦笑いと共に溜め息を漏らすのであった。