幼魔鬼譚〜悪戯好きのアリス〜 31
見た目は20代半ばで、普段は『赤井 千穂(あかい ちほ)』と名乗り、ここ赤井神社の巫女として生活している。
世間には、紅夜叉とは少し歳の離れた姉妹と通している。
ちなみに紅夜叉が普段人間社会で使っている名前は『赤井 紅(あかい べに)』である。
「今ね、神社で売るおみくじ作ってたところなの」
紅夜叉の質問にニコニコしながら赤千穂が答える。
「ふぅーん……」
何気なく、机の上にある折りたたまれたおみくじを一枚開いてみる。
【最凶】…人間、諦めが肝心です。
「なんだこの絶望おみはくじはーーーっ!!!」
「あっ、紅ちゃん大当たり♪ それレアよレア」
「ざけるなっ!」
ビリビリに自分の引いたおみくじを破る紅夜叉。
「ヒドーイ、せっかく作ったのに」
「やかましいっ!」
泣きそうな顔の赤千穂を置いて、奥の部屋に行く。
(祭りのとき以外、此処に客がこないのはこれが原因か。後で調べてみないと………)
そして紅夜叉は、自分も巫女装束に着替える為、服を脱ぎ始めるのであった。
紅夜叉は身を纏う布達を早々と脱ぎ捨て、慣れた手つきで褌を解く。
あっと言う間に生まれたままの姿になると、ぺたぺたと木の床を踏みしめ、タンスから半襦袢を取り出す。
紅夜叉は半襦袢を着け(腰巻はしない主義らしい)、その上から白衣、緋袴、そして千早と順々に着付していき、見る間に巫女装束姿となった。
迷う事なく着付を終えた紅夜叉は、足袋に草履を履き、境内へ出た。
「さて、掃除掃除」
紅夜叉は参道の端を通りながら、手に持った竹箒で境内の掃除を始めた。
紅夜叉は、巫女としてこの赤井神社の手伝いをしており、祭りの時は神楽や舞を踊り、普段はこうして掃除等、神社内の庶務を行っていた。
破天荒さが目立つ紅夜叉であるが、巫女装束を纏ってしおらしく竹箒を持つ様は、見た目相応の可愛らしい少女であった。
掃き掃除をする紅夜叉が鳥居周りへと差し掛かった時、ふと鳥居の上から呼ぶ声があった。
「紅ちゃん、今日も掃除ありがとう」
紅夜叉は手を止め、鳥居の上に腰掛けている声の主を見る。
声の主はこの赤井神社の『おとろし』で、神社の守り手であった。
その姿は少年とも少女とも見つかぬ中性な顔立ち、身を覆う白い着物と、何とも神秘的なものであった。
屈託ないその笑顔は、不思議と触れ合う者の心を穏やかにする。
紅夜叉は言葉を返すでもなく、一つ小さな笑みを零すと、また掃除を始めた。
「あ。あの娘が来たよ」
紅夜叉がおとろしの言葉に気付き、鳥居の上を見ると、そこに居た筈のおとろしの姿はなかった。
紅夜叉がこの神社へと続く石段の方へ目を遣ると、何やら鼻歌と共に妖怪の気配が近付いてくる。
「あ、まさか……」