幼魔鬼譚〜悪戯好きのアリス〜 1
※この物語はフィクションであり、実際の人物、事件、団体とは一切関係がありません。
──1869年6月──
その昔、日本の地にて異形なる者達の戦が起こった──
片方は、悪鬼・茨木童子を頭とする、人に害を成す妖(あやかし)達。
もう一方は、仙狐・赤千穂を中心とする、人との共存を望む妖達。
両者の間で、熾烈な戦いが繰り広げられたが、最後には赤千穂軍の妖達が勝利し、茨木軍の妖達を、青木ヶ原樹海の地下深くへと、封じ込めることに成功したのであった。
──戦の終結から数日後・青木ヶ原樹海──
昼尚暗い樹海の獣道を、一人の少女が歩いていた。
外見は10歳程度で、白い肌にライトブルーの瞳。
膝ぐらいの位置まで伸ばした髪は、光り輝くような見事な金髪。
身に包んでいるのは、フリルの付いたゴスロリ風のドレスと、明らかに日本人とは違う様相を呈していた。
少女の名はアリス──遥か西の国から渡って来た『悪魔』である。
しかし悪魔とはいえ、彼女はそんなに邪悪な存在ではなかった。
ただ少し悪戯好きで、それが原因で教皇庁のエクソシスト(悪魔払い師)達に追いかけられる破目になり、この日本の地まで逃げてきたのである。
「まったく、ホントしつこい奴らね」
ブツブツと教皇庁の人間に対しての文句を呟きながら、アリスは樹海の更に奥へと歩いていく。
「ちょっと寝てる間に、枢機卿の娘のベッドにスライム潜り込ませた程度で、こんな東の果てまで追いかけてくるなんて」
……それだけやれば、充分である。
「まぁ、あんな奴ら束で来ても敵じゃないけど、まともに相手してもウザイだけだし……」
そこで、人の立ち入らない場所に結界でも張り、ほとぼりの冷めるまで200年ぐらい眠りに就こうと考え、この樹海へとやって来たのである。
「ん?」
しばらく歩いていると、道の真ん中に女の子が一人、倒れているのを見つけた。
外見はアリスと同じ10歳ぐらいで、褐色の肌に赤いショートヘアと、ボーイッシュな印象を受ける。
袖無しで裾の短い、赤い簡素な着物を着ているのだが、ところどころ破れたりしてボロボロになっていた。
額にはまだ小さいが、一本の角が生えており、それで少女が人間では無いことに気づく。
その少女は紅夜叉(べにやしゃ)という名の鬼の子であった。
この樹海にあった、妖怪達の隠れ里に住んでいたのだが、戦の巻き添えで里を焼かれてしまい、一人樹海を何日も彷徨っていたのである。
ツンツン
「おーい、生きてる?」
アリスが靴の先で突っつくと、盛大な腹の音と「腹減った〜」という情け無い返事が返ってきた。
「メシ〜」
「食べ物が欲しいの? いいよ、上げる」
アリスは手に持っていた、茶色のトランクの掛け金を外した。