ほんの少しの勇気で人生って変わると思う 293
「お兄さん、今日会社は?」
「昨日採用が決まったばかりだからね…」
「休みなんですか?」
「いや、一応顔は出そうと思ってるさ…」
「あらそうなの?…スーツ、お父さんにクリーニングに持って行ってもらっちゃたはよ…」
確かに…昨日山道歩いちゃったから、ヨレヨレだったもんな…
…まあ、仕方ないか。
どうしても出ないといけないわけじゃないし、正式な勤務開始は来月一日からだっけ。
「匠、1,2着自分のスーツ買ったらどう?お金はこっちで負担するから」
お袋がそう言い出す。
「うーん…どうしようかな…」
腕組みして考える。
今更この歳になって、親父やお袋に金を借りるのも気が引ける…
そんなこと言う前に、スーツの一着を買う預金も無いのは、情けない限りだけどな…
「あの…俺のスーツでよかったら、差し上げますよ…」
タオルで髪を拭く伊藤さんがリビングの前に立っていた。
「いや、そんな、とんでもないですよ…」
「いやいや、いいんだよ。仕事柄滅多にスーツなんて着ないし、いつまでもタンスの肥やしになってるのももったいないからね」
まあ、庭師とバーテンダーなら普通のビシッとしたスーツは着ないか…
「ちょうど良かったじゃない、匠!」
お袋、最初っから金出す気ありました?
「もう帰るから、一緒に行って物を見ないか?」
伊藤さんがそう言う。
「あ、それじゃお言葉に甘えて、ご一緒させて頂きます。」
「あら、朝食は?」
「すみません、今朝は青山家の奥様と約束があって…申し訳ないです。」
…青山家の奥様って、涼香さんか…
「それじゃ仕方ないはね…またいつでも遊びに来てくださいね。あんな喜ぶお父さん、久しぶりに見たもの。」
確かに…、いつも女がいっぱいなんで、気が大きくなったんだろうね。