Crusade Ⅲ-2
ロタリオは、尼僧に向き直ると、それだけのことを話すのにやたらともったいぶって威厳を出そうと努力した。勿論、無表情の尼僧を前にしてそれは徒労に終わったが。
「つーかさー。聞いてよあのロベルタ枢機卿？ 軍をさっさと動員してボルジア攻め滅ぼせってうっさいんだよねー」
会議中の嫌なことを思い出したのか、威厳というものをかなぐり捨てて、彼本来の調子に戻る。尼僧は彼の愚痴に否定も肯定もしないが、それでもロタリオは話し続けた。
「そんでさー、それに同調するやつも大勢いるわけよー。ホントどこにそんな金があんだっつー話。ボルジアよボルジア？ 大遠征じゃんどこそれ糞田舎？ そんなとこに遠征すんのすっげー金かかんし、遠征途中に諸侯の領土通るのにどんだけ気を使わなきゃいけないかわかってねーんだろーなーホント。つーかガチでボルジア滅ぼす気で軍派遣してなんのメリットがあんだっつーの」
不満と苛立ちをすべて吐き出し、豪快にジョッキを煽る。喉を鳴らして黄金の酒を飲み干す。特に尼僧に返事を期待していたわけではなかったようで、そのまま椅子にだらりと背中を預けた。彼の愚痴がひとしきり終わったのを見計らい、尼僧は再び彼女の本題を話すように目線でロタリオを促す。その目線に長時間直視されるのはロタリオのような脳天気でも辛いものがあるのが、再び咳払いをして、話し始めた。
「あー、そうね、そうそう。それで今後の話でしょ？ いやー困ったことしてくれたねーボルジアの姫さんとラスなんちゃらも。まっ、いち早く情報を入手できたおかげでなんとか諸侯が動き出す前に手が打てそうだけどね。いやーいっつも感謝してるよ、セシリー？」
上司からのお褒めの言葉を前にしても、尼僧の翡翠色の瞳は動かない。
「聖務を果たしたまでです」
尼僧の短い返答に、臆せず、ロタリオは目前の少女の賛美を続ける。
「謙遜するねー。ミドルードの司教以下、僧侶全員を窮地から救ってボルジア領から脱出したんでしょ？ いやー大手柄だよ二階級特進」
「脱出には私以外に、3人の執行官が共同で動いていました。情報も、直接入手したのは『アイアン・レディ』です」
直立不動の尼僧、セシリーは、ただ正確に事実のみを告げる。
「いやー、いつもどおりクール美人だねー。んー、ベラちゃんの巨乳も好きだけど、私はセシリーも好きだぞー？」
褒めているのかどうかわからない、エステルが聞いたら憤慨しそうな軽薄な言葉に、セシリーは答えなかった。答えに窮したというよりかは、答える必要性を感じなかったのだろう。ロタリオは空になったジョッキを机に置き、足を組んだ。
「ま、それはさておき、今後のことだけどね。十字軍、発動することになったから」
ぽろりとロタリオが零した言葉は、世間的には大きな意味を持つ言葉だった。十字軍とは、宗教組織の頂点であり、また巨大な権威と財力を持つ法皇庁が「神の敵」である対象を滅ぼすために招集する神の軍隊である。かつて、魔族の侵攻に晒された際に発動され、そして奇跡的な勝利を収めたのも、この十字軍によるものだった。最近では、異端討伐のために東方の宗教集団に対して発動されたことがある。
「まー法皇領までボルジアが領内の教会全部焼き討ちしたって情報が正式に流れてきてから発動だねー。ボルジア攻めってことになるから、募集しなくたって帝国とクーパは十字軍に参加してくるだろーね。ああ面倒な事になった。おかげで寝不足だよ」
ロタリオの語る情報は、まだ法皇領の街中には届いていない情報だった。いや、それどころか帝国すらその情報はつかんでいないだろう。それは、ベラが王立騎士団の大尉から聞き出した驚くべき作戦の概要を、セシリーが急ぎで法皇領まで伝えに来たためにもたらされたのだ。