5.つきやあらぬ-2
「念の為の確認です。あ、それから、長谷さんには聞いていません」
「あのー……、私の結婚でもあるんですけどぉ」
紗友美は紅美子を無視して、徹をボールペンで指し、
「いつから長谷さんを好きになったんですか?」
と問う。
「そんなの、結婚式に何か関係あんの?」
紅美子が徹をチラチラ見て言ったが、再び紗友美に無視された。
「……いつからって言われても……。……んー、よく憶えてないですね。最初っからのような気もするけど……」
徹は空中を眺めて本気で思い出そうとしている。本当に真面目だ。明らかに興味本位で聞いているのが、紗友美の表情を見れば分かるだろ。
「いつから付き合いたい、って思いました?」
「小学生……かな」
「何年生?」
「細かすぎない?」
「で? 何年生ですか?」
紅美子が口を挟むが紗友美は引かない。
「敢えて言うなら一年生、かなぁ。クミちゃんが、お嫁さんになってあげる、って言ってくれたから」
「ひょー、プロポーズは長谷さんからだったんですね」
紗友美はおどけながら、ノートに『プロポーズはクミちゃんから』と書き込む。
「それ、プロポーズって言う? 宿題やってほしかっただけなんだけど」
「じゃ、お聞きします。長谷さんにとってはいつだったんですか? それがプロポーズじゃないってなら」
そう切り返されて、紅美子は怯んだ。
「そんなの……、言う必要ないじゃん」
「正直に答えてくれなきゃ聞き取りになりませーん」
「聞き取りじゃないよ、これ。尋問だよ」
「尋問でもなんでもいいです。ほら、さっさと吐いたらどうだ」
言うか言うまいか、紅美子が腕組みをして渋い顔をしていると、
「俺が栃木に行くことになって、クミちゃんに言ったんです。帰ってきたら結婚しようって。クミちゃんの家で」
隣から徹が答えた。まあ、そういう伝え方ならウソではないし、いいだろう。
「ほほう……、指輪の箱、ぱかっ、ってやりながら?」
「無かったよ。指輪なんて」
「じゃ、同じ墓に入ってくれ、とか、味噌汁毎日作ってくれ、的な?」
「なんじゃ、そりゃ。伝わりにくいし」
「……じゃ、再現してくださいよ、ここで」
「はぁ!?」
途端に紅美子の顔が赤らんだ。
栃木へ研修に行かなければならない、ということは入社時から聞いていた。徹が紅美子の家に夕飯を食べに来て、二人で洗い物をし、お互い座布団の上でくつろごうとしたら、母親がいないので徹が紅美子を自分の体の上に抱き寄せてきた。栃木の家が決まったら行くね、とか、東京に戻れるように頑張るよ、とか、時々キスをさせてやりながら話していると、
「この先、どうなっちゃうんだろう」
そう紅美子が呟いた。特に結婚を催促したつもりはなく、アパートの部屋で、馴染んだ匂いに包まれて抱き合っていると、ふと何年、何十年先はどうなっているんだろう、という素朴な気持ちになっただけだった。
「クミちゃん、結婚して。栃木から帰ってきたら」
徹が紅美子を見つめてそう言った。紅美子は答えを言って、徹の首筋にキスをし、シャツのボタンを外して悦びに震える徹の胸を開き、焦らしながら……。急にその時の詳細な記憶が蘇ってきた。
そして紗友美の前で、徹が紅美子の方を向いて同じセリフを言った。何言ってんだよ、もう。紅美子はその時の様子を思い出し過ぎて、テーブルの下のスカートの中の脚を閉じた。
「……で? 長谷さんの回答は?」
「なに? この辱め……」
紅美子はテーブルの際に置かれた塩を見つめて呟いた。
「『うん、奥さんにして欲しいニャン』って、ハート付きで答えたってことでいいですか?」
「ニャン……?」
徹がきょとんとしている。
「言うかっての。……普通に、イエス、って言っただけだよ」
「『オー、イエスッ』、なんて言ったわけじゃないですよね?」
紗友美が徹の方を見ると、
「……『してあげる』って言ってくれました」
と言った。
「なるほど。長谷さんらしい……」
紗友美はノートに、今の聞き取り結果をメモする。「……『そして二人は熱い抱擁と口づけを交わし、お互いの愛を再確認していった』と……」