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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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1.違う空を見ている-1

1.違う空を見ている


「……誰か他にタバコ吸う子、連れ込んでんの?」
 徹はタバコを吸わない。しかし初めて訪れた徹の部屋には灰皿があり、紅美子が部屋に入った時からテーブルの上に用意されていた。
「そんなわけないでしょ。クミちゃんのために、ちゃんと用意してるんだ」
 知っている。徹にはそんなことはできないと知っていて訊いたのだ。
 徹の部屋で夕食を作り、食べた後だった。紅美子は食後に無性にタバコを吸いたくなる。言わずとも最初から灰皿が用意されている周到さに、紅美子は内心満足しつつも、徹へかける言葉はそのようになってしまうのだ。
 徹は紅美子が作った料理を旨い旨いと繰り返し言って美味しそうに食べていた。お世辞を言っている様子はない。だが作ったのは大した料理でもないし、特別旨い味付けができるわけではない。一体何が美味しいのか訊いたとしたら、「クミちゃんの手料理は何でも美味しい」と真顔で言うだろう。きっと心の底からそう思っている。実際徹は二人で外食して巷で評判の料理を食べても、紅美子の作った手料理以上の喜びは見せたことがない。
「……んで、何なの? コレ」
 食事が終わって食器を台所のシンクに下げている徹を、紅美子はカウチソファに斜めに座って見ていた。すると徹は流し桶に浸けただけですぐ戻ってきて、ソファに残された狭いスペースに座ってくる。紅美子の美しい脚を腰でグイグイと退けながら身を寄せてくると、同じく美しく括れたウエストと膝の裏に腕を回して、自分の太ももに抱え上げた。特に紅美子は抵抗すること無く、いわゆる「お姫様ダッコ」の格好で抱きかかえられながら、冷淡な表情で徹を眺めていた。徹の方は少し頬が赤くなっている。
「だって」
「だって、何?」
「……早くくっつきたかったからさ」
「ふうん……」
 腕の中で煙をくゆらせると、徹がテーブルに乗っていた灰皿を手にとって紅美子の前に差し出す。挟んだタバコを縁に叩いて灰を落とす指を、徹はずっと見ていた。
「指輪、してくれてるんだ」
 火の点いたタバコを挟んだまま、紅美子は指を揃えた左手を顔の前に差し上げた。その薬指にはリングが光っている。
「左利きだから、指輪してると不便なんだけど」
「右にしたらいいじゃん」
「……右にしたら、魔除けになんないでしょ?」
 指輪が欲しい、と紅美子が言った時、徹はドキリとした。高価な指輪をネダられることに怯えたわけではない。頗る嬉しかったのだ。以前から徹はエンゲージリングを贈りたいと頻りに言っていたが、それはもっと徹の給料が増えてからでいいと諭されていた。だからこの時、むしろ徹のほうが、高級ブランドのものを選びたがって、紅美子が止めたほどだ。そんな高いのは要らない、普段付けるからキズとかが気になる。そう言って徹を引き連れて行ったモザイク通りで購入した物だった。
「魔除けになってる?」
「ま、効果はあると思う」
 紅美子が指輪を欲しがったのは、仕事で出会う男たちにやたら誘われるし、繁華街を少しでも歩けばナンパに会う、それがうるさい、というのが理由だった。
「よかった。クミちゃんは俺のものだからね」
 指輪を眺めながら聞いた徹の「俺」という一人称にはまだ違和感があった。昔からずっと、徹の一人称は「僕」だった。結婚を決めた時、紅美子が軟弱に聞こえる自称を変えさせたのだ。徹は即座にそれを受け入れて、何度も反芻しながら語用を定着させていった。だが、同時に「クミちゃん」という呼び方も改めさせようとしたのに、そちらは全く正されなかった。正そうとする気もないようだった。徹は幼い日に出会った時のままの呼称をずっと使っている。
「別に徹のものじゃない。私は、私のだし」
「他の男のものじゃなければいい」
「あ、そうね」
 紅美子は目を閉じて頷き、「そういう意味なら誰のものでもない」
「……俺はクミちゃんの?」
「そう」紅美子は抱かれたまま、右手を広げて徹の後ろ頭を掴み、自分の方を向かせた。「徹は私のモノ。……そうだよね?」
「もちろん」
「女連れ込んでない?」
「もちろん」
 徹の目が潤んでいる。キスしてもらえる期待に膨らんでいるんだ、と思いながら、紅美子は褒美を遣わせるかのような心持ちで艶っぽく光る唇を近づけていった。だがあと少しというところで、徹のポケットから携帯の呼び出し音楽が聞こえた。徹は接近を止めた紅美子の顔をジッと見つめたまま放置しようとする。
「出たら?」
「……でも」
「私のせいで電話に出なくて、徹の仕事に支障が出たら、私がイヤな気持ちになって迷惑する」
「うん……」


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