3.広がる沙漠-9
コトリと座卓に灰皿が置かれる音が聞こえる。スカートの中で指が紅美子の太ももを遡り、ショーツの縁をなぞってくると、期待に満ちた妖しい感覚が下腹部を襲ってきて、危険を感じた紅美子は身を捩ったが、やはり井上の手からは逃れられなかった。
「お食事、いかがいたしましょう?」
聞こえてくる女将の声は全く乱れがなく、柔和だった。
「すぐでいいよ」
「かしこまりました。それではすぐにご用意いたします」
井上の指が縁を潜り、中へと入ってきて柔門を飾るヘアを撫でてくると、女将がまだそこにいるのに、小さく吐息を漏らした紅美子の体がピクンと跳ねた。
「や、やめて……」
井上に抱きついたまま顔を上げることができずに小声で訴える。指先が優しく紅美子の入口を解してくると、女将の足摩れが遠ざかっていって、失礼いたしました、という声のあとに襖がトンと閉まる音がした。
「な、なにしてくれ……」
顔を上げて井上を非難しようとしたと同時に指が中へ入ってきた。知らず知らずに潤わせていた雫のヌメりとともに指を中に迎え入れると、二週間前に摺り込まれた感覚がみるみる蘇り、紅美子は再び頭を井上に押し付けてかぶりを振った。
「興奮した?」
耳元で囁かれる。
「へ、変態っ……」
井上の顔を見ることができない。きっとあの眼をしている。中指が緩やかにクチュッ、クチュッと音を立ててくると、膝が笑って崩れ落ちそうになる。井上が支えながら、ゆっくり紅美子を座らせるように降ろしていく。ヒップが座卓に触れた。腰の手を離され、片手だけで背を支えられると、座卓に後ろ手を付いてしまった。片脚を座卓に乗せさせてくる。
「やだっ、こんな……。……、……んんっ」
言葉を発しようとしたが、自分も膝を付いて座卓に登った井上に真上から唇を吸われて遮られた。力が抜けて後ろに倒れてしまいそうだ。ズラされたショーツから卑猥な音が鳴る。
「こんな……、何?」
油断して開いた薄目にあの瞳が映った。
「こんなとこで、……やめて」
「じゃ、食事より前に、『先にセックスするから布団を敷いてくれ』って頼めば良かったんだ」
「……っ、……やっぱり、あんた、頭おかしい」
「ああ……」井上が座卓の上で紅美子の体を覆ってくる。「僕は頭がおかしい。君が悪い」
膝を立てた脚の間に体を入れられる。ヒラヒラとしたサテンのスカートは脚の付け根まで裾が滑り落ちていた。ショーツから垣間見えている入口へ熱い肉塊が押し当てられると、意図を理解した紅美子が細かく首を振って井上を見上げた。
「む、無理……」
「いや、すぐしたい。僕はおかしくなったって言ってるだろ?」
熱い雫が溢れる内部へ亀頭が侵入してくると、紅美子は唇を噛んで上げそうになった大声を耐えた。男茎が体を押し開いて突き進んでくる感覚は、日を置いていたために生々しく、鮮烈だった。最後まで押し入って抱きしめられた耳元に低い声がもう一度聞こえてくる。「君が悪い」
「やめて、服……、よごれる……」
井上がゆっくりと腰を引くと、体を合わせた部分から、ニチュッ、と淫らな湿音が聞こえた。
「それも君のせいだろ?」
「だってっ……」
すると再度襖の向こうから「失礼いたします」と女将の声が聞こえてきた。息を呑んだ紅美子は乞うた目で井上を見上げる。井上は咳払いをして、
「ああ、ちょっと待ってくれ」
と背後の襖へ声を大きくして言った。
「抜いて」
紅美子は睫毛を震わせ、霞れ声で訴えた。
「このまま見られながらしたら興奮する?」
「おねがい、ほんとに、やめて……」
小声で囁き合う。
「……最後までしたかったが、さすがに無理だった」
「じゃ、はやく……」
「キスしてくれ」
額を擦り合わせてきてじっと目を見つめられる。近すぎて視界がボヤけるが、下肢では思い掛けなく侵入されて悦ぶ媚肉が井上を引絞る。ためらう紅美子へ鼻先を擦り、左右から愛しみを滲ませて頬を撫でてくる。
「早く」
「……こんなので言うの、やめて……」
「紅美子。君の方からキスしてくれ」
「んっ……」
体の奥から雫が迸り出た。紅美子が残された距離を詰めて井上の唇に深いキスをすると、漸く井上は腰を引いて紅美子から抜け出ていった。その引かれていく亀頭が蜜襞を擦る感触に、内ももを震わせて声が出そうになった。だが他人が襖のすぐ向こうにいる。必死に押し殺さねばならなかった。
「……早くしろ、あまり待たせられない」