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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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3.広がる沙漠-10

 井上が紅美子に背を向けてズボンのジッパーを上げた。紅美子は敢えて井上が視界から自分を外したことに気づき、急いでスカートの中に手を入れて捩れてしまったショーツを直すと、座卓から立ち上がってスカートの裾を下ろした。時間を見計らった井上が振り向いて、紅美子が少しよろけながら灰皿を持って窓際の和椅子に向かうのを見て、
「待たせてすまない。いいよ」
 と襖に向かって言った。


「あんなことしてた上で食事するのは後ろ暗いな」
 井上は座卓の対面でビールを飲んでいた。紅美子は無言で左手に持った箸で舟盛りのワカメを取ると醤油を付けて口の中に入れる。
「……そう怒るな。怒り顔が好きだ、とは言ったけど、そこまでサービスしなくていい」
「あんたのためにわざわざ怒ってるわけじゃない」紅美子は箸を持った手を額に置き、眉間を寄せて目を閉じた。「あんなことされて怒らない女が居たら連れて来い」
 自分がやったことに呆れてしまう。井上の方をチラリと見たが、実にふてぶてしい態度だった。
「仕方ない。君が悪い」
「さっきからそればっかり。それで口説いてるつもり?」
「口説きっぱなしだろ? 会ったときから」
「そうね。ド変態の口説き方」
「でも君は濡らしてる」
 井上は舟盛りの刺し身にわさびを塗りつけ、「あそこまで濡らしてくれきゃ挿れれなかった」
「……どうでもいいけどっ」
 左手で座卓をドンと叩き、「食事中に下品な話はやめて」
「別に君の体は下品じゃない。だからやめる必要はない」
 井上は刺し身を咀嚼しながら仄笑を浮かべて紅美子を箸で指した。紅美子は大きく息をついて、
「あんたって、人をイライラさせること言う天才」
 と、小鉢に箸を刺した。
「要所要所で褒めてるつもりなんだけどな。……これだけ言ってやって、まだ素直にならない女は君が初めてだ」
「はぁ、モテるんですね。よかったですね」
「モテるね。欲しいと思ったら、だいたい手に入る」
「自慢話? あんまり面白くなさそうだから、やめない?」
「欲しい、って思うのは大事だ。信念になる」
 手酌でビールを注ぎ、「僕はそれで仕事してる」
「買収屋さんだしね」
「そうだな。君だけ、まだ手に入らない」
「これだけのことしといて、まだそんなこと言うの?」
 紅美子は意図的に呆れ顔を作った。
「言うね。達成感がない」
「へー……。どうやったら達成感が出るっての?」
 すると井上は舟盛りの舳先をジッと見つめて何かを考えていた。何を言ってきても嘲笑を作って返してやろうと思っていた紅美子は井上の言葉を待ったが、暫く黙ったままだった。やがて井上は息をつき、
「――やめよう、この話は」
 とだけ言った。
「何それ? 自分で言っといて」
「そうだな……」顔を上げると井上は箸先を舟盛りに巡らせて、「全然食べないな。刺し身は嫌い? 君は肉好きっぽい感じがするけど」
 話を逸らした井上を追及したかったが、勝手に肉好きにされるのも癪だったので、
「別に魚嫌いじゃないし、肉より魚が好きなくらい」
「じゃ、食べりゃいいじゃないか」
「この状況でパクパク食えるほど、恥知らずじゃない」
「食べたいやつだけ食べればいい。何の魚が好きなんだ?」
 紅美子は箸の手をとめて井上を見た後、目を逸らし、少し小さな声で言った。
「……うなぎ」
 その答えに声を上げて井上が笑った。一瞬沈鬱になっていた表情を晴らし、本当に可笑しそうな顔をしている。
「いや、すまん……、うなぎ、そうか、うなぎか……。すまない、うなぎは今日は出てこない」
 引き笑いにまでなって、滲んだ涙を指で拭って、口を閉じたそれでも笑いが収まらない様子で小鼻を膨らませている。
「ちょっと、笑いすぎ。何そんなウケてんの?」
「いや、……、君が、うなぎ……。ハマった」
「うなぎ、美味しいじゃんっ!」
 ここまで笑われると腹が立ってきて、紅美子は声を荒げた。
「旨いよ? 旨い。……じゃ、今度うなぎの店に行こう」
「イヤよ。バカにされながら食べたって美味しくない」
「バカにしないさ」
「してるつもりがないとか言ってて笑われたらますますムカつくし」
 やっと笑いが収まってきた井上は、
「……ま、さすが東京生まれだね。確かに東京はうなぎの名店が沢山ある」
 と固形燃料で熱せられた紙鍋を突ついた。


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