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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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3.広がる沙漠-8

 不機嫌な声で言った。井上は可笑しそうに笑って、
「あ、こっちには荷物はないよ。……そんなところで、そんな顔で立ってたら営業妨害だ。とにかく部屋に行こう」
 と促す。紅美子が漸く歩を進めて井上の後ろに付いたのを見て、女将は微笑を絶やさずに廊下を歩み始めた。
「……『ご愛人さまは?』なんて言う筈ないだろ?」
 先導する女将やしんがりを付いてくる男衆に構わず、井上が笑いかけてきた。
「そうね。奥様が毎回変わるから、女将さんも大変」
「そんな態度やめとけ。イヤな常連客と営業旅行に来たキャバ嬢みたいだぞ?」
「キャバっぽくて悪かったね。ここで大声出して引っ叩いていい?」
「部屋に入ってからにしてくれ。他の客の迷惑だ」
 女将が案内した部屋は、格子戸の入口からして他の部屋に比べて割高であることは間違いなかった。入ると広い部屋に大きな座卓と、向かい合わせの座椅子。その向こうには窓際に沿った板の間に和椅子があった。そして左側にはもう一部屋あり、その奥の格子戸の上には「露天」とだけ記されている。
「おカバン、こちらに置かせていただきます」
 男衆がキャリーバックを入口横に置いて、深々と頭を下げて去っていった。
「もう井上様にはご説明は必要ありませんかと……。お連れ様、アメニティは客室露天の方に揃えてございます。足らぬものがございましたらご遠慮無くお申し付けください」
 女将は微笑のまま紅美子を「お連れ様」と改めた。それはそれで苛立った紅美子は、
「灰皿」
 とだけ言った。
「……この部屋、禁煙だっけ?」
 井上が女将に尋ねると、承知いたしました、少々お待ちくださいませ、と言って部屋を去っていった。
「あんまり関係ない人を巻き込むなよ」
 井上は笑いながらジャケットを脱ぎ始めた。紅美子は部屋に入ると、バッグを座卓の上に置いて周囲を見回した。
「私の家より広いんだけど」
「そうだな。二人で泊まるには広すぎるかもしれない」
「いくらするの?」
「気にするな」
「気にするよ」紅美子は姿勢を変えず体の向きだけ井上の方に向けた。「割り勘じゃなきゃイヤ」
「今更? ……二週間前のホテル代ももらってない」
「それも払う」
「無理しなくていい」
 睨目が井上によく見えるように肩にかかった髪を後ろに掻き上げて、
「金で買ってここに連れてきたんだ?」
 と言った。
「なんだ、そんなことで怒ってたのか」
 ジャケットを吊ったハンガーを衣類掛けに置くと、井上が正面から近づいてくる。「別に君を金で買ってるつもりはない。何回、『欲しい』って言ったらわかるんだ」
「来ないで」
「そんな顔をするからだ」
 井上が腰に手を伸ばしてくる。腕組みを崩して伸びてくる手を妨ごうとしたが、その手首を掴まれて引き寄せられた。そうなることは予想していた。また井上の香りの中に包まれる。二週間ぶりだ。紅美子は猛烈な誘惑と闘いながら、井上の胸に両手の握り拳を押し付け、身を剥がそうと力を込める。
「やめて」
「無理言うな。二週間も待ったんだぞ?」
 井上の手がカットソーの中に入ってきて肌を撫でてくると、紅美子は身を捩らせた。肌の上を小虫が這い回るかのような疼きが指先の通った軌跡に残る。
「何してんの? ……私……」
 呻いた紅美子が眉根を寄せて項垂れそうになるのを井上の手が捉えた。だがホテルで抱かれた時のように髪を引いて無理に上げさせるのではなかった。一方の手が頬に添えられ、頭の後ろに回された手は睦ましい指遣いで髪を梳いてくる。
「やめて……、こういうの」
「どういうの?」
 井上の唇が近づいてきて、紅美子の上下の唇を軽くはんできた。髭が肌に擦れる細かい痛みさえも心地よさに変わってくるように思える。やがて舌が差し入れられてノックしてくると、自然と紅美子は口を開いて彼を迎えた。唇に唾液の撥ねる音が部屋に響き、井上の手が紅美子のヒップを撫で、バルーンスカートの中へ入ってくる。
「んっ……」
 車の中で何度も意識させられたスカートの中へ及んだ手の感触のせいで、紅美子は互いの唇の間で細かい息を漏らし、井上の胸に押し付けていた握り拳を解いて両腕を首に回してしまった。スカートの捲れた素脚が井上の脚へ擦り付くほど身を寄せる。
「失礼いたします」
 女将の声でハッとなる。腕を解いて身を離そうとしたが、井上がグッと力を入れてさせなかった。
「ちょっ……」
「入っていいよ」
 襖を開いて入ってくる女将の姿が井上の肩越しに見えて、紅美子は慌てて井上の首元へ顔を伏せた。井上の手は紅美子の体を弄り続けているが、畳を進む女将の足摩れの音には何の躊躇もない。
「そこに置いといてくれ」


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