2.湿りの海-9
紅美子は顔を覆った手のひらの中で高くか細い溜息を漏らした。
「ほら、我慢せずに、たくさん感じればいいんだ」
井上の声が降りかかるように聞こえてくると、指がゆっくりとドロドロになった内部に突き入れられてきた。
「や……。もう、止めて」
ニチュッ、という音が聞こえて、紅美子は顔を井上の肩に押し付ける。枕にしている腕が手首を掴み、片手を顔から外されて、
「……気持ちいいんだろ? 指。素直になれば、思いっきり気持ちよくなれるのに」
瞼を固く閉じている顔を間近に臨まれて指の速度が次第に早められてきた。井上のアンダーシャツにグロスが移るほど強く唇を押し付けながら、紅美子は何度も悲鳴を上げていた。
「素直になれば、たっぷりイカせてやるよ?」
再び紅美子の柔肉が押し広げられ、襞が曲げられた指先に弾かれるように擦られると、紅美子は呻きながら何度も小さく首を振った。奥が波打つほどに蠢いているのが自分でもわかる。何をしている? 非難してくる声を振り払うように声を上げて首を振っていた。自分の下腹部から考えらないような音が聞こえてきて、井上の体に身を押し付けていなければ体が腰から溶け落ちてしまいそうな憂懼が襲ってくる。
(また……)
絶頂の兆を感じて身を固くして備えた刹那に井上の指が緩められた。完全にストップするわけではなく、ゆっくりとした出し挿れに切り替えられる。息を乱しながら体を落ち着かせようとするが、その緩やかなピストンは決して紅美子の体を性感を和ませることなく、圧を巧みに調整しつつイジり続けていた。充分時間を置くと、徐々に動きが早くなっていく。加速に合わせて紅美子の結んだ唇から漏れる声が大きく、忙しなくなった。またイカされてしまう、この男に。諦観に身を任せようとした瞬間、また撹拌が緩められていった。
気が遠くなるほどの時間、繰り返された。寸前で留められる度に、紅美子の体の芯に絶頂への渇望が押し込まれていく。体が破裂しそうなまでに欲求を封じられて、
「……もうっ」
もう何度目かわからない、指の動きが緩められた時、紅美子は井上の体に顔を押し付けて焦れた声を漏らしてしまった。
「ん? どうした?」
井上に問いかけられる。「言いたいことがあるなら、こっちを向け」
「……」
「……じゃ、もう一回だな」
絶望的な言葉が向けられてくる。これ以上続けられたら狂ってしまうと思った紅美子は、顔に押し付けていた手のひらを外し、胸に爪を立てて身ごと掴むようにアンダーシャツを握り締めると、井上の顔を見上げた。悪辣な瞳に見据えられる。潤んだ瞳でゆっくりとした瞬きをし、
「……、おかしくなる……」
と唇を震わせて小さな声で言った。
「どうしてほしいんだ?」
紅美子は唇を開き、言葉を発しようとするが、背中を掴んで美徳へと引き戻そうとする理性のために声がでてこなかった。すると更に抱き寄せられて半端に開いていた口へ井上が唇を押し当て、濃密に舌を差し込み、舌も歯も絡め取っていく。くぐもった声を漏らし、経験したことのない、浸蝕していくようなキスに紅美子の口内に唾液が溢れて恭順に音を立てて吸われていく。キスをされながら内部の指を動かされると、これまで以上に体をへ送り込まれてくる性感は強烈で、シャツに血が滲むほど爪をめり込ませてしまう。
「……ほら、どうしてほしい?」
唇を離され顔を覗き込まれる。腕枕をしたまま恋人のように紅美子の頭を撫で美しい髪を梳いてきた。急に与えられた優しみの愛撫は、背中を引く理性の力を弱めていく。
「……、ちゃ、ちゃんとしてよ……。最後、まで……」
「意味がわからない。ちゃんと言えよ」
「ううっ……」
紅美子の方から乞わなければ許してもらえそうにない。首をゆっくり振って躊躇っている紅美子を見て、中指を挿れている手の親指がクリトリスに押し当てられ、中外を同時に攻めてきた。
「おっ……、ふっ……、ああっ」
腰が大きく浮き上がったが、更に押し込まれた井上の指はしっかりと中もクリトリスも捉えて離さない。
「言えよ」
「……、……、イカせて……」
紅美子は引き掴んだシャツに顔を強く押し当てて喘鳴を漏らした。
「聞こえないな」
腰を上げているのに、更に中指の先がGスポットを圧し上げてくる。
「んあっ!!……イカせてっ!……イキたいのっ!」
大声で叫んだ自分の声を聞いて、紅美子は防御壁が井上の嗜虐の前に崩れ去る音を聞いた気がした。無防備となった紅美子へ、侵略者はもう目の前まで迫っていた。
紅美子の頭を撫でていた手で、脱力してシーツの上に投げ出されていた紅美子の腕を掴むと引き寄せてきた。
「うっ……」
爪先にボクサーブリーフの布地が触れてピクリと指が震える。
「握れ」