1.違う空を見ている-14
早田の話を聞けば普通そう思うのは無理もなかった。
「徹さんがそう宣言した時、長谷さんはどうしてたんですか?」
「俺、真後ろだったから、よく分かったよ。これだよ、これ」
と紅美子の答えを待たず早田が言って、背筋を伸ばして脚を組み、そして腕組みもして冷然とした顔をした。
「さすが女帝!」
と紗友美が、そしてやり取りを聞いていた井上もふきだした。しょうがないだろ、そんなことされてどんなリアクション取りゃいいんだよ、と思ったが、あの時の徹の真剣な表情が思い出されて、恋人初日からそうだったな、と今ではそれが普通と思える自分は、やはり徹といるのが一番いいんだと思ったから、二十五歳の女帝然として背筋を伸ばし、腕を組んで三人を冷ややかに見返した。
「……その日以来さ、毎日学校に一緒に来るし、毎日一緒に帰るんだけど、なんかさー……」
「なによ」
「彼氏と彼女、って感じじゃなかった。てかお前、周りの目、気づかないの?」
「どんな感じだったんですか?」
「中学つっても手つないだりしてるカップルくらいいるわけよ。なのにコイツら、長谷が背筋伸ばしてスッと歩いてさ、その隣で笹倉が……、あ、いや、隣じゃねえな、俺、一回横から見てやろう、って見たんだよ。そしたら、笹倉はちゃーんと、長谷のすこぉ〜しだけ後ろ歩いてた」
自分で話し始めたのに、早田が途中で堪えきれなくなって笑った。
「女帝と……」
紗友美が呟いた。
「召使? まさにそう。誰かが長谷に話しかけようとしたら、『姫に何か御用でも?』って出てきそう。……あ、思い出した。俺がさ、長谷に後ろから話しかけてたらさ」
「まだあんの? もーいい加減にしてよ。男のおしゃべりってイケてないよ?」
「あ、早田さん、私聞きたい!」
紗友美が手を上げるのに、思わず女帝の睨みを見せてしまった。「……こわーい」
「……後ろの席だからさ、いろいろ長谷に話しかけてるわけ。でも或る日怨念を感じてパッと廊下を見たら、笹倉がもんのすげぇ怖い顔してこっち見てたんだ。……あ、そういうことか、長谷に話しかけるためには笹倉の許可が要るんだ、って面白がって、廊下に出て『長谷に話しかけてイイ?』って聞いてみたんだ。そしたら……」
「あんた、何してんの? そんなことしたら、徹……」
「それは生徒会長としてか、クラスメイトとしてか。万が一それ以外ならば、僕の宣言を早田くんも聞いていたはずだけど? 何を話しかけるのか。クミちゃんの答えは、早田くんにとってどういう影響があるのか。そもそもクミちゃんはそれを答える客観的な理由はあるのか……。一気に来た。やべぇコイツ、校内で唯一俺より頭いいんだった、って後悔して、すみませんでした副会長、仲良くやろう、ってだけ言った」
「やっぱり変わってる人なんですね……。私の妄想内の徹さんのイメージ、かなり補正しなきゃ……」
早田は紗友美の方を見て、
「いや、まあ、変わってるんだけどさ。笹倉はやっぱ頭は良かったよ。K高進んだら俺は普通程度になっちゃったけど、笹倉はK高でもトップクラスたったし。当たり前のように東大いっちゃうし……。てかアイツ、物理好きだったから、京大の物理っつーのも考えられたけど、それってやっぱ……」
言った後、紅美子の方を窺った。
「私のせいだっていうの? ……、……だって東京から離れるなんてありえない、って言うんだもん」
「その理由で東大だけ受けて軽く受かるってのもスゲェな。……ていうか、お前と付き合ったら、絶対色ボケして、俺が成績ナンバーワンになるとばっかり思ってたら、逆に引き離しやがんの。何なの、あいつ」
「当たり前じゃん。私と付き合ったから成績落ちるなんて絶対許さない」
「あー、女帝様の命令だったんだ。……命令、っつーか……」
「調教、ですかぁ?」
紗友美がちょっと下ネタの雰囲気を漂わせると、自分はそのつもりが無かったのに何故か土日のことが思い出されて、紅美子は内心紗友美の嗅覚に驚いていた。
「うんうん、調教……、いや、生ぬるいな。洗脳だよ、洗脳」
「おいっ!」
「だって、そうじゃん。十五歳で付き合った、っつっても、五歳から十年間だろ? その間に完全に仕上がってたぜ? ……てことは、今、そっから更に十年か。どーなってんだ、笹倉副会長……、一人で何ができるんだ、あいつ、今」
「バカにしないで。徹はちゃんとマトモにやってます」
「……長谷さーん。ムキになってますぅ? フィアンセをけ、な、さ、れ、て」
また紗友美の妄想のネタにされて、ワインを一口啜ると、タン、とテーブルに置き、
「とても愛されてる、ということです。徹が変わってるのは、私のせいですけどもっ、栃木でしっかり社会人としてやっておりますが? 何か問題ありますか?」
と言ってやった。あれ、普段こんなこと絶対言わないのに、かなり飲み過ぎたか。
「……まぁ、笹倉は変わりもんだけど……、長谷とはいい組み合わせだな。末永くお幸せに」
早田はおどけて、テーブルに手を付き、顔を上げて紅美子を見たままお辞儀をした。
「フォロー、遅すぎない?」
「祝福してるぜ。……ま、俺は前から知ってるから、紗友美ちゃんほどビックリしないけどさ。五歳で出会って、十五歳で付き合って、二十五歳で結婚……って、一体何のルール?」
「祝福してんの? それ」