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隣人
【その他 官能小説】

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その(2)-2

 金を貸してほしい……。結衣の相談とはそのことであった。
「ほんとに、お恥ずかしいお願いなんですが……」
結衣は身を縮めるようにしてぽつぽつと事情を話した。

「父の医療費がかなり高額になって、長引いていまして、月ごとに支払いをしなければならないので……」
癌なのだという。健康保険の利かない治療を続けているので経済的に限界になっている。いずれ癌保険がおりるので、しばらくの間貸してもらえないかというのであった。金額は、三百万。……

「三百万……」
「すみません……。大変な金額です。もし無理なら二百万でも結構です。何とか一時お借りできないでしょうか」
「そうですか……」
「主人がいるのに、なぜとお思いでしょうね……」
話を聞きながらそれは疑問に思っていた。仕事をしているのであれば田之倉が何とかできないのか。難しいにしてもまとまった金額である。本人が話をもってくるべきだろう。
「主人、私の家のことには一切関与しないんです。私の両親には会ったこともありません。お金のことなんか言っても、とても……」
声を詰まらせて唇を噛んだ。強張った表情はとても苦しそうに見えた。
(この夫婦、何かある……)
 もしかしたらDVでもあるのかもしれない。
「もう何も言わないでいいですよ」
「ごめんなさい……」
結衣は俯いて手で顔を被った。


 密かに胸をときめかせてきたのに借金の話。だが、がっかりはしなかった。小柄な結衣が顔を歪めながらか細い声で訴える姿を見ていると同情を超えた感情に包まれた。
(助けてやろう……)
三百万は大金だが、気持ちはすでに動いていた。
 
 小山内は堅実な男であった。公務員という職務柄もあるが、遊びらしい遊びもせず抑制の生活を重ねてきた。たまに性欲を発散させることはあったが、羽目を外すことはなく、無駄遣いを戒めて日々を送ってきた。
 家を買うことを一つの目標にしていた。収入と国家公務員という立場からすればローンを組むことに何の支障もなかったが、
(現金で買う……)
そのつもりで貯蓄を続けてきた。

 結婚した時、実は家の購入を考えていた。だが、亜希子を生涯の伴侶とすることに疑問が湧いた。はっきりした根拠はない。いうなれば、ずっと心に引っ掛かっていた藻屑のような心理であった。
(この女で、いいのだろうか……)
子供のことや、家事の手抜きはすぐに彼の常識的感覚から齟齬を感じたし、さらに好みでないことはさておいても、何かしっくりこなかったのである。
 だから、家を買うことは引き延ばしてきた。一年、二年と経つうちに、やはり自分には合わない女だと思うようになり、古い賃貸マンションに住み続けたのである。

 こつこつと貯めた金が二千万ほどあった。妻には内緒である。
(三百万なら……)
保険がおりれば返すといっている。それに、決心がついたのは別れ際の結衣の言動である。
 
「明日の夜、持って来ます。今日と同じ時間でいいですか?」
「すみません……。感謝します」
玄関に来て、結衣は小山内の腕をそっと取った。
「あなたのような人と出会えていたら……」
そして込み上げるものを堪えるように嗚咽を洩らしながら小山内の胸に身を預けたのである。
「奥さん……」
「すみません……奥さまがいらっしゃるのに……」
すぐに身を離した。

 ドアの外に出て、しばし彼女の女の匂いに酔った。
(結衣……)
好きだ。抱き締めたかった……。
 はっとしたのは目の前が自分の家のドアだったからだ。そこには亜希子がいる。十年の間に贅肉を蓄えた妻。しょっちゅう友達と遊び回り、家のことなど二の次。主婦の自覚は相変わらず無い。
「子供がいたらどんなしつけをしたことだろう)
いないことをむしろよかったと思うべきかもしれない。だから、結衣と比較してしまう。

(やさしさ、か弱さ……)
それでいて、そこはかとない女の香りを漂わせている。
(人生とは、出会いとは……)
思うようにはいかないものだ……。

 期待に胸が膨らんだのはたしかである。彼女が自分の胸に、わずかにせよ寄り添ったのである。その繋がりが心を燃え立たせていた。むろん、まさか深い関係を予測していたのではない。不倫をする度胸などなかった。それが、結衣の魅惑に小山内は自分を見失った……。
  
 


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