投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

隣人
【その他 官能小説】

隣人の最初へ 隣人 1 隣人 3 隣人の最後へ

その(2)-1

 隣人は田之倉という夫婦である。
たしかに妻の言うようにどこか陰鬱な印象ではあった。夫の田之倉は暗いというより異様な風体であった。引越し後、挨拶に訪れた時、小山内はドアを開けて思わず身を引いたものだ。
「こんばんは」
現われた男は身長は見上げるほど高く、その体はプロレスラーのようであった。目付も鋭く、黙っていても威圧感があった。年の頃は自分と同じくらいに思われた。

 田之倉の妻はというと、夫とはまるで不釣り合いな華奢な女であった。それに、若い。実際の年齢はわからないが、忘れていたときめきを感じるほどの初々しさがその眼差しに見えた。
(結衣……)
表札の名を見て胸が弾んだ。

 あまり笑わない、と亜希子は言ったが、このひと月、彼は毎朝のようにやさしい微笑みに出会っていた。ゴミ集積所で顔を合わせるのである。ちらかったゴミを片付ける姿を見るのが楽しみになっていた。あとで管理人が掃除をするだろうに、放っておけない性格なのだろう。
「おはようございます」
ちょっとはにかんだような笑顔が過去の『理想』を甦らせてくる。
(青地玲……今宮志麻……)
面差しは似ていないが、イメージは共通するものがあった。
 挨拶を交わし、歩きだすと、
「いってらっしゃい」
妻には久しく言われたことのない温かな言葉に振り向くとまだ見送る笑顔があった。

 時候のことなど、簡単な言葉を交わすようになり、ほのかな想いが少しずつ膨らんでいった。
 ある時、5分ほど早めに行ってみるとすでに結衣の姿があった。
「ずいぶん早くからいらしてるんですね」
「ええ、主人が寝ているものですから。静かにしていないと寝られない人なんです」
「お出かけは遅いんですか?」
「夕方なんです」
言葉は濁したが、どうやら夜の飲食関係の仕事のようであった。
「帰りはいつも朝です。つい一時間ほど前に帰ってきたんですよ」
「それじゃ眠いはずだ」
「そうですね」
(……ということは、結衣はいつも一人で夜を過ごしている……)
田之倉のことよりも、そのことが頭を過った。想像するだけで昂奮が生まれた。

 その数日後のことである。
朝の爽やかな会話の後、周囲を窺って結衣の表情が硬くなった。
「あの……」
「はい……」
言い淀む戸惑いの目は縋るようで、小山内の心を惹きつけた。
「何か、あったんですか?」
「こんなこと、お願いするのは筋違いとは思うのですが……」
相談に乗ってもらえないかという。深刻な、訴えるように顔を歪めた。
「どういうことでしょう」
「ここでは、ちょっと……」
「わかりました」
事情を聞いている時間はない。
「どうしたら……」
「夜ならいつでも。主人は5時には家を出ます」
小山内は力強く頷いた。 

(相談とは?……)
とりあえず、そんなことはどうでもよかった。結衣と二人で会える。それだけで嬉しかった。
だが気がかりはかなり大きく、心に重い。
 人の妻である。その女と二人きりで会う。しかも女の部屋で。……さらに我が家の隣室である。これはかなりきわどい状況になる。それに……。
 夫の田之倉の巨躯が迫るように浮かんできた。
(もし知られたら……)
どんな目にあうだろう。抵抗などできっこない。
 想像するだに恐ろしいと思ったが、結衣の打ち沈んだ顔が小山内の脳裏を隙間なく被っていた。


 寄せては返す波のような動揺が続いていた。
「今夜、遅くなるかもしれない」
よくある出がけの言葉も自分で硬いと思った。
「あ、そう」
妻は小山内に顔も向けずに言った。こういう時は無関心なほうが助かる。

 仕事はこなしていたが、気が付くと結衣のことを考えていた。
(何か手土産を持っていったほうがいいか……)
いや、相談に乗ってほしいと言われたんだ。かえっておかしい。
(5時にはあの『怪物』は出かけるといっていたが……)
何かの事情で出くわすことはないだろうな……。あまり遅い時間でもまずいだろう。
 注意しなければならないのはインターホン、ドア越しでのやり取りだ。部屋に入れば声が聞こえることはないが、外での声は聞こえることがある。
 そんな不安も結衣に会える気持ちの高まりゆえのことだ。

 早い時間ではマンションの住人と顔を合わせる可能性も高い。亜希子もたまにふらっと菓子を買いにコンビニに行くこともある。
 思い出したのは8時からの刑事もののドラマである。亜希子が毎週楽しみにしている。
(今日だ)
あれを観はじめたら電話が鳴っても出ない。
 8時に決まった。


 結衣も心得ていたものとみえる。小山内が自宅のドアを見やりながら微かにノックするとほどなくドアが開き、無言の会釈とともに彼を招じ入れた。

 何ともいえない昂奮であった。
他人の家、他人の妻、隣は自宅で妻がいる。
「すみません、無理をお願いして」
「いえ。でも、何だか妙な感じですね。どこか外でお話したほうが落ち着けたかもしれませんね」
「ええ。ですが、時々、主人から電話がくることがありまして。家にいないとまずいんです」
「そうですか……」
小山内はさらに居心地が悪くなった。
「ぼくが留守中にお邪魔したことが知れたらまずいですね」
「はい。そんなことが知れたらどうなるか……いえ、帰ってくることはありませんから」
結衣の顔に過った一瞬の強張りを見て小山内は内心恐れを抱いた。

「こんな夜に、誤解されかねませんからね。とにかく、その、お話というのをお聞きして、早めに失礼しますから」
「はい……」
結衣は俯いてから、意を決したように話し始めた。


 

  

 


隣人の最初へ 隣人 1 隣人 3 隣人の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前