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惚れ薬
【その他 官能小説】

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秘薬の真髄-1

 仕事が始まって一か月が過ぎても俺は江里を誘うことが出来なかった。
話をする機会は日に何度もある。二人きりで雑談することもあったし、駅まで一緒に帰ったりもした。言葉には出さないが、江里も何か俺に向かって発信しているように感じることもある。しかし、いざとなるとなかなか言い出せない。いままで気軽に話していたのに意識が先に立ってそらぞらしくなって、日を追うごとに会話そのものも減っていった。薬で弄んだことが引っかかっている。……だからといって薬を使う気にはなれなかった。

 (とりあえず、食事に行くだけでいいんだ…)
そう考えるのだがどうにも踏み込めない。薬の力でふんぞり返っていたことをつくづく感じた。
 皮肉なことに安田が絡んだ黒酢の一件以来、課内の同僚は俺と江里が付き合っていると認めているようである。口にこそ出しはしないが雰囲気でわかる。見たところ彼女を誘う者もいなくなった。あの時、『彼は私のものです』と声を張り上げたのだから無理もない。


 そんなある休日、俺はぶらっとF公園へ向かった。無性に爺さんに会いたくなったのだ。会って何を話そうとか、訊こうとか、目的はなかった。ただ、会いたかった。
 挫けそうな気持ちの拠り所……。そうなのだ。薬のことを知っているのは俺と爺さん。世界中でたった二人だけなのだ。作ったのは爺さん、俺は唯一の実践者である。

 午前中から公園内を歩き回った。手にはワンカップを入れた袋を提げて。……

 休日とはいえ寒い時期なのでさほどの人出はない。ホームレスがたむろしている所は決まっている。何度か見て回ったが爺さんは見つからない。名前も知らないので尋ねようもない。
(死んだのか?)
ふと過る。肝臓がんだと言っていた。あれから半年…。
(そうかもしれないな…)
具合は悪そうだった。

 歩き疲れて項垂れてベンチで煙草を吸っていると、目の前に人影が立った。
「たしか、あんただったよな」
顔を上げ、咄嗟に言葉が出なかった。
「!……」
「いい思いしたか?」
俺は胸が詰まって、立ち上がると爺さんの手を握っていた。
「捜してたんだ…よかった」
以前より頬がこけて目が落ちくぼんでいる。体も小さくなった気がする。何だか風雨にさらされた案山子みたいだ。

 「体の調子は?」
「よくはないが、何とか生きている。生きていれば何か食わなきゃならん。墓地へ行って来た」
 週末は墓参りが多いので菓子や酒などの供え物が手に入るという。
「今日は何もなかった…」
爺さんの言うには、カラスが増えて供え物が禁止となって極端に少なくなったという。
「ふん、人間様よりカラスの方が強い」
 俺はワンカップを出してベンチに並べ、自分の分のキャップを開けて先に口をつけた。
「どうぞ、やってよ」
綻んだ爺さんの顔を見て、
「その様子ならまだ大丈夫だね」
「ふっ。たしかにな。好きなものがなくなったらおしまいってことだ。遠慮なく頂くか」「そういうことだね」

 久し振りに爺さんの飲みっぷりを見たあと、俺が黙っていると、爺さんは青空を見上げて目を細めた。
「一年中外にいるようなもんなのに、空を見ることは滅多にない…」
なおも無言でいると、
「浮かない顔だな。いい天気なのに。何かあったのか?」
 その言葉を待っていたのかもしれない。導かれるように口が開いた。
最近、暗雲たちこめる満たされない想い、鬱々とした心の内を訥々と語った。江里から始まった薬の女遍歴もかいつまんで挟みつつ,心情を打ち明けた。話しながら気がついたのは爺さんと初めて会った時のことである。
(あの時もこうして心を見せたんだ…)

 爺さんはちびちび酒に口をつけながら、
「けっこういろいろあったんだな。まあ、効き目は抜群だったようだから、それでいいだろう。…と、いいたいところだが…」
いったん言葉を切ってから、
「すまなかったというべきだろうな。中途半端な研究だった…」
「何を言うんだ。効果はてきめんさ。それは自分でも知ってるだろう」
「いや、薬が出来上がってもその後が重要なんだ。効力だけでなく、副作用などのマイナス面、十分な臨床を経て初めて薬として使える。わかってはいたが時間がなかった。もっとも、目的が邪道だからそんなことは意味がないようなものだが…ただ…」
「何?」
「実はあんたに薬を渡した時にうすうすわかってはいたんだ」
「何を?」
「欠陥さ」
「欠陥?」
「そう。容易に予測できることだった。薬そのものというより、精神面。薬を繰り返し使うと何が起こり得るか。依存とコンプレックスだ。あんたにも思い当たるだろう。これは厄介だ…」
 俺は黙って頷くと煙草に火をつけた。わかっていたことだが、爺さんの指摘が重く心に入り込んできた。


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