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惚れ薬
【その他 官能小説】

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秘薬の真髄-3

 居酒屋でジョッキをあてて微笑んだ時の江里を、俺は心から可愛いと思った。
いったい今まで彼女の何を見ていたのだろう。薬がいつ効き始めるか、今夜はどんなことをしてやろうか、体のことばかり考えていたのではないか。

 この日の夕方、退社近くになって思い切って誘ってみると、彼女は満面の笑みで頷いた。あまりに呆気なくて拍子ぬけしてしまった。
 それから驚くことが続いた。どこに行こうかと俺が呟くと、
「Y町にしない?あの辺の雰囲気、何となく好きなの」
そこは薬の回った江里を連れていった町だ。旧くて情緒漂う町だが、近くにホテル街がある。だから選んだのである。
「行ったこと、あるの?」
「ないと思うんだけど、行ったような気もするの。変な言い方ね。ふふ…」
さらに、喉を潤した居酒屋に入ると、江里は迷うことなく簾で仕切られた奥の一画に歩いていく。空いていれば必ず座った席である。
「落ち着けるし、ここがいいわ」
まだある。メニューを開くと自らすらすらと注文した。
「エイヒレと、レバーとつくね。好きよね?それと、海鮮サラダ…」
必ず俺が頼んでいたツマミだ。

 驚きの中で心に温かいものが流れ始めた。
(江里の中に俺がいる……まちがいなく、いる…)
突然、力が湧いてきた。同時に江里に対する新鮮な想いが熱く募ってきて、思いがけず気持ちが揺れ始めた。それはこれまでに抱いたことのない爽やかな感情であった。彼女の仕草、声、瞳の輝き、光沢を放つ髪に至るまであらゆるものが麗しく、愛おしく思えてくる。
(愛という感情…)
ときめきがうねりとなって胸を揺さぶってくる。
 頬をピンク色に染めた江里を見ているうちに、俺は決意の自覚がないままに話しかけていた。
「相良さんは、結婚について、考えたことある?」
江里の箸がとまった。瞳に星のような輝きが見えた気がした。微かな笑みがほんの一瞬浮かび、目を伏せた。
「それって、プロポーズってこと?」
「え?」
そこまでの準備はしていない。慌てて言葉を探したがすぐには見つからない。否定するつもりはないが、まっすぐ押し進める覚悟もできていない。
「やっと言ってくれたのね…嬉しいわ…」
(江里…)
何と言うべきか…。答えをどうするべきか…。
「それは…」
二人の視線が一直線に結ばれ、江里の眼差しがきらりと光って、立ち往生している俺を引きつけた。
(江里と結婚しよう…)
「受けてくれる?」
自然と口をついて出た。
「はい…」
口元を引き締めた江里の顔がすぐに綻んで俺たちの笑顔が舞った。

 やさしい気持ちが溢れてくる感覚に包まれた。頭の中が静かに、すっきりと整理されていく…。
 そうだ、と思い当たった。つまり、俺と江里は付き合っていたんだ。そういうことなのだろう。切っ掛けは不純極まりない薬だったが、度重なるうちに生身の体をぶつけ合った二人の想いは焼きついていたのではないか?知らずうちに恋人として絆ができていたんだ。だから、正常な今、違和感もなく江里の意識に俺の存在が沁みわたっていったのだ。深層に隠されていた想いが覚醒したということなのだ。
(江里を愛している…)
心で呟くとその言葉は心地よく響いた。俺の心にも江里がいたのである。

 ホテルに向かう足取りは腕を組んでゆっくりと、想いは深く、そして大きく広がっていった。ぎらぎらとした肉欲ではない、幸せを求める歩み。……江里も『薬の江里』ではない。
 ベッドでも以前とのちがいは明らかであった。あからさまに挑んでくるとか、貪ることはなく、受け身でありながら俺の性感を刺激して共に燃え上がろうとしていた。
「愛しているわ。いっぱい愛して…」
 どこに触れてものけ反る感度のよさ。愛液はシーツを濡らして艶やかな官能美を展開した。
 一つになり、
「一緒よ、一緒」
動きを合わせて何度も口走った。
「イク!イクわ!」
「イクよ、江里…」
余韻さえ柔らかく広がっていった。


 昇り詰めたあと、湯船で体を寄せ合いながら江里は甘えるように、
「あたしの実家、益子っていうとこなの」
「焼き物の…」
「そう…すごい田舎だけど…」
「どんな所?」
「うーん、何にもないけど、自然がいっぱい」
「行ってみたいな」
「来てくれる?」
俺は頬をくっつけて頷くと湯の中で揺れる乳房をやさしく揉み上げた。

(爺さん、薬は間違っていなかったよ。すごい媚薬だった。本当の惚れ薬だったよ…)
平穏な心の中をせせらぎが流れていくようであった。

 




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