投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

惚れ薬
【その他 官能小説】

惚れ薬の最初へ 惚れ薬 0 惚れ薬 2 惚れ薬の最後へ

出会い-1

 爺さんとの出会いは夕暮れのF公園である。
その日、むしゃくしゃしていた俺は残業をほったらかしにして会社を出た。明日の朝はまちがいなく係長の安田に鼓膜が震えるほどどやされるだろう。なにしろ明日午前中に届ける約束の見積書を途中までしか作成していないのだ。しかも新規のまとまった取引で、課内で話題になるほどの金額ときている。
(どんな顔をして怒るだろう)
それを想像すると、腹立ち紛れの勢いで飛びだしたとはいえ暗澹たる思いが渦巻いた。
 だが、そもそもその客を開拓したのは俺なのだ。仕事だから会社のために働くのは当然のことで、それについて不満はない。問題は安田だ。あいつはこれまでも手柄はすべて自分の功績だと暗に仄めかせて上司に報告して、逆に失敗は部下のせいにする。そのやり方が小ずるい。上司の前では寛容な素振りを見せながら、二人になるとぼろくそに言う。もう我慢の限界だった。
 今回の話もすでに上に伝わっていて、取り入っている安田だけが激励を受けていい思いをしている。
(ぶち壊してあいつの顔をつぶしてやりたい…)
 しかし俺も気の弱い男で、すべてを捨てて開き直る度胸はない。投げ出してきたといっても、明日怒鳴られながら何とか時間内に仕上がる程度までは作ってある。
 情けない話である。安田の顔に辞表を叩きつけたらどんなに痛快だろうと考えつつ、いつも保身の道を残している。

 そんな自分に嫌気がさし、憂さ晴らしにノゾキでもしようと途中下車したのだった。三十五にもなって彼女のいない俺の、うっぷんが溜まった時のお決まりの行動であった。古典的ではあるが、それだけに無防備なカップルがいて、けっこう楽しめることがある。
 駅の売店でワンカップの酒を三本買い、暮れなずむ公園をぶらぶらと歩いた。駅からほど近く、樹木も多い。近くには公共施設や大学があるので昼間は賑わうが夕方になると静かになる。どんよりした梅雨空がうっとうしく垂れ込めていた。
「くそっ」
何もかもがすっきりしないのに股間まで飢えに飢えてむずむずする。家に帰ってアダルトDXDでも観ようかと思ったが、思い出す場面はどれも見飽きている。それでも勃起して、女の絶叫とともに画面に入り込んだ自分が男優となって射精する。その後に襲ってくる索漠感、後悔…。目に見えている。
 ソープなど風俗には月一度か多くて二度と決めている。頻繁に通う金がないからだが、どんなにいい女でも所詮、排泄行為の感は否めず、深い満足は得られない。
 過去につき合った相手も何人かいた。だが、会ううちに必ず学歴や地位、收入などを探ってくる。そして将来性が一方的に判断される。俺が振られるのはその頃だ。相手は口にこそ出しはしないがそれを境に遠ざかっていく。(結婚は打算か…)
将来なんて誰にわかるんだ。畜生と思う。が、どうしようもない。

 近頃の公園はめっきりカップルが少なくなった気がする。みんな懐に余裕があるのか、ムード、ファッションを大切にするのか、特に暗くなってくると激減する。おそらくホテルに行ってしまうのだろう。それにホームレスが増えたことも一因ではないかと俺は思っている。
 ベンチに座ってしばらく人の流れを見ていたが、カップルどころか通行人すらいつもより少ない。
(もっと暗くなればひと組やふた組は来るだろう…)
半ば諦めの気持ちで酒を開けて口をつけた。
 ふと自分の姿が脳裏に映じた。公園のベンチでちびちび酒を飲んでいる自身を客観視した。何とも年寄り臭いというか、覇気がないというか、我ながらこれじゃ女にもてるはずはないと思った。ましてこれからノゾキをしようとしているのだ。頭をかかえたくなってしまう。
(やめよう…)
会社のことも気になって落ち込んだ気分は晴れそうもない。
 
 溜息をついて帰ろうと決めた時、どこからかよたよたと足を引きずりながら現われたのがその爺さんである。
 白髪の髪は伸びるに任せて胸元まで届き、まるで仙人を思わせる風体であった。袋のようなカーキ色のカバンをたすき掛けにして薄汚れた背広を着ていた。
(ホームレスか…)
 爺さんは立ち止ると、俺に軽く会釈をした。ベンチの端に手をついて俺の目を窺がったのは座っていいかと訊いているらしかった。俺は煙草を吸いながら心持ちうなずいて、
「蒸し暑いね」と声をかけた。
六月に入ってからずっとこんな毎日だ。
 爺さんはゆっくり腰をおろしてから、
「そうだね」と答えた。
生暖かい湿った風がときおり吹いて木々がざわめいた。
 爺さんの視線がちらちらと俺の手元に注がれているのに気がついたのはややあってからだ。
(酒か…)
ノゾキをする気分も失せていたので、俺はバッグから酒を取り出して差し出した。ちなみにノゾキをしながら酒を飲むのが俺は好きだった。暑い時はビールもうまいが、キャップを開ける時の音が大きすぎるのが難点だ。
 爺さんは嬉しそうに手を出しかけて、
「飲みかけのでいいよ」と遠慮した。
「いいよ。もう一本あるから」
「申しわけないな…」
爺さんは何度も頭を下げて舌で唇を舐めた。よほど酒好きとみえる。
 蓋をとると一息に三分の一ほど飲んで息をついた。あまりにうまそうに飲むので思わず笑ってしまった。


惚れ薬の最初へ 惚れ薬 0 惚れ薬 2 惚れ薬の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前