果肉甘いか酸っぱいか(1)-3
「何年ぶりかしら。いつだったか飲みすぎて泊まったことがあったわね」
「それは大学の時です」
「そうか。とにかく久しぶり。お会い出来て嬉しいわ」
透明感のある瞳が底知れない泉のような深い色を湛えている。筋の通った鼻梁と形のよい唇。横顔は特に美しい。
「大人になったわね」
「もう三十路ですよ」
ブラウスを押し上げる胸元が肌を見せている。以前来た時はゆったりしたエプロンをしていたのではっきりと盛り上がりは分からなかったが、この日はくっきりと形が見てとれる。ブラジャーをしているとはいえ、
(いい形だ…)
大きすぎず、しかしそこそこの量感があり、動くたびに微かに揺れ、柔らかさが伝わってくる。
頬から首筋にかけて適度にふっくらと肉がついている。二の腕も思わず触れたい肉感がある。肥ったという印象はない。とろける色香にしっとり包まれているように見える。
「叔母さんは全然変わらないですね」
「何を言うのよ。もう四十よ。変わらないわけないでしょ。叔母さんといっても、中年のオバサン。そういう意味でしょ?」
「ちがいますよ。本当にお若くて。二十代に見えますよ」
涼子は珍しく大きな声を出して笑った。
「お世辞も過ぎると笑うしかないわ。でもありがたく受け取っておくわ」
二人の話を行儀よく座って聞いていた優花も可笑しそうに笑っていた。先ほどお祝いを渡すと丁寧に礼を言って、そのままお客様におつきあいという具合だった。
「優花、覚えてる?従姉弟の正樹さん」
優花は首を傾げながらこっくりと頷いてみせたが、記憶のほどは怪しい。
「お祖父ちゃんの家で会ったかな…」
ぽっちゃりとして色白だが、面立ちは叔父に似ていて丸顔で、団子に目鼻である。涼子に似れば沙織以上の美少女になったかもしれない。
小柄で、胸の膨らみはプリンほどしかあるまい。おそらく恥毛も生え揃ってはいないだろう。
(この子は無理かな…)
涼子が目的なのだからがっかりはしないが、どっちみち薬は飲ませる予定だから、
(幼さも一興か…)
「優花、お兄さんに勉強教えていただいたら?」
昼食の支度に取りかかった涼子に言われて、優花は素直に微笑んだ。
「お兄さん…」
口に出してから、恥ずかしそうに俯いた。とても嬉しそうである。
「優花、よかったわね。この子、小さい時からお兄さんが欲しいって言ってたの」
俺が笑いかけると、
「お兄さん、部屋に来て、来て」
はにかんでいた顔はもう弾けるような喜びに溢れている。屈託がない。
(まだ子供なんだ…)
「難しくてぼくにはわからないと思うよ」
「大丈夫大丈夫。お兄さんだから」
「すみません。お願いするわ。美味しいもの作りますからね」
「じゃあ、ちょっと行ってきます」
手まねきする優花の後を追った。
(子供部屋…)
そんな意識で入っていった。沙織の部屋だったらきっと胸がざわめいたことだろう。
ところが、不意の変化が起こった。
「可愛い部屋だね」
室内を見回して間もなく、俺は妙な感情の動きに戸惑った。心の中にさざ波が立ったような感覚に見舞われたのである。
(なんだ?…)
部屋で目につくものといえば、キャラクターのベッドカバー、ペンケース、壁に貼られたアイドルのポスターなど、どれも幼い趣味である。取り立てて刺激を受けるものはない。それなのに胸底を鈍く突き動かしてくるものがある。
(いったいどうしたことだろう…)
大きく息を吸い、吐き出し、また吸った。優花を見ると俺を見つめている。……
(!……)
ほどなく、思い当たった。というより、感じたといった方がいい。それは、この部屋に籠っている優花の『性』とでもいったらいいだろうか。長年染み込んだ彼女の匂い、あるいは成長とともに積み重なっていった温もりのようなものが感じられた気がしたのである。
ふたたび優花を見ると視線を逸らせて笑顔が消えた。
(俺を意識している…)
そう思った。頬に差した緊張の色。なぜ?
さっきまで兄に甘える妹みたいにはしゃいでいたのに……。
(この子も年頃なのだ…)
子供に見えても下地は出来ているのだ。大人として、女として密やかに、しかし着々と、柔らかな真綿が音もなく重なって厚味を増していくように体はつくられていく。