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惚れ薬
【その他 官能小説】

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果肉甘いか酸っぱいか(1)-4

 窺うように俺に向けられる眼差しに戸惑いがみえる。
自分の部屋に初めて入った『男』。それを感じている。彼女自身も予想だにしなかったにちがいない。俺と対峙して思いがけず新しい感情に包まれて内心慌てているのではないか。心と体のバランスは取れていない。


「あのね、お兄さん。理数は得意?」
ぎこちない仕草で参考書を並べてみせるが中を開こうとはしない。
「理数は苦手だな」
「そう…あたしも」
「もう受かったんだからのんびりした方がいいよ」
「でも、これからもっと競走が厳しいって、パパが」
「冬休みには帰ってくるんだね」
「はい。あたしの受験があるから一人でドイツに行ったの」
「そうだってね」
話しているうちに優花はベッドに腰掛け、俺もその横に座った。自然にそうなったのではない。近くにいきたい衝動に駆られたのである。
(ああ…甘酸っぱい匂い…)
少女の体から醸し出される匂い。だが、実際に嗅いだのかどうか。自分でもよくわからない。そんな気がしただけかもしれない。

 「きちんと整理されてきれいな部屋だね」
「あんまり掃除しないわ」
過剩に反応する年頃である。言動にも限度があるだろう。変な誤解をされたらまずい。
ベッドに並んで座ることも危険なことではある。座るなら椅子がある。しかし間近にいながらバリアを張った様子は感じられない。
「お兄さんの手、大きいね」
「男だからね。優花ちゃんの手は小さい」
「ここ、小学生の時、エンピツが刺さって。今でも少し黒いの」
優花は手を広げてみせた。
「どれ?」
優花の手に触れた。厭がることもなく、むしろ近づけてくる。
「ここよ…」
体に熱が走った。
 高校の頃、一時付き合った娘のことを思い出した。放課後、空き教室で薄暗くなるまでとりとめのない話をしたものだった。その時の記憶が甦ってきた。
 たった二人きり。胸はときめいていた。話の流れで手相を見ることになった。初めて触れた彼女の手の柔らかさ。温かさ。
(抱き締めたい…キスしたい…)
高鳴る自分の動悸を聴きながら、ためらいに圧されていた。嫌われたらどうしよう。懼れに揺れていた。あとから思えば彼女も期待して想いを膨らませていたにちがいない。結局何も出来なかった。

 いま優花の手に触れながら、俺は新鮮な昂奮に心を熱くさせていた。昔の純愛ドラマのようなやり取りが却て抑え切れない気持ちになっていった。
(まずい…)
そう思いつつ、優花の肩に手を回していた。
「ほんとに黒くなってるね。消えないのかな」
優花は黙って自分の手を見つめたままである。耳たぶが真っ赤になっている。
(ここまでだ…ここまでなら大丈夫…)
自分に言い聞かせた。
 だが、そもそも肩を抱く必然性などない。優花の部屋で二人きり。ベッドの上、思春期の娘である。どう考えても不自然だ。
「優花ちゃんは、可愛いね」
俺はあえて踏み込んだ。
「可愛いから好きになっちゃった」
優花は俯いたまま何も言わない。じっとしているからといって認容しているとは限らない。怖くて動けないことだってある。髪が頬にかかって表情ははっきり分からない。
 肩の手に少し力をこめ、
「キスしていい?」
言ってから体がかっと熱くなった。賭けだった。優花が涼子の元へ走ったらもう終わりだ。
「いい?」
はたして、優花は顔を伏せたままわずかに頭を縦に振った。
「優花ちゃん…」
やさしく抱き寄せ、顔を覗き見た。目を瞑って唇は固く閉じている。
「可愛い優花ちゃん…」
俺は優花の顎に手を添えてそっと口づけた。むろん唇を合わせただけである。そして想いを伝えるようにぎゅっと抱きしめてから立ち上がった。
(これで安心だ…)
たぶん…。俺を受け入れたことになるだろう。不安がないわけではないが、ひとまずほっとした。
「優花ちゃん。今度どこか行こうか。二人だけで」
念を入れるつもりで言った。優花は上気した顔で頷いた。
「内緒でだよ。いい?」
前よりもはっきり顎を引いた。


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