仲間とのめくるめく絆-1
一週間後、私は先生のマンションを訪ねた。土曜日の夕方というのは先生が指定してきたものだ。土曜日、夕方、翌日は休日。あえて言わなくても私が外泊届けを出すと先生は考えていただろう。でも私は泊まるつもりはなかった。その夜は玲奈と過ごす約束をしていた。
先生とセックスしても満たされることはない。それがわかっていたから、いや、それだけではない。美和子と玲奈。2人と得た絶頂があまりに素晴らしかったから、先生と会うことにもう魅力を感じなくなっていたのである。ただ、やっぱり初めての男性だからどこかに想いはくすぶっていたのだと思う。メールの誘いに応じたのもそんな感じで、期待していたわけではなかった。むしろ引きずらない方がいいのかなと心の片隅に決別の選択ももっていたのである。
先生と会って、私は引いてしまった。
「志乃ちゃん、会いたかったよ」
その恰好ときたら、高校生が着るような派手な柄物のTシャツにブランド物のジーパン。まるで似合っていない。どころか、滑稽にさえ見える。いつも地味なワイシャツにだぶだぶのコッパンなのに、ウケようと考えたようだ。
いきなりキスされそうになったからさりげなくかわして、部屋に入ったらまたびっくり。テーブルにはファミレスの宅配セット。嫌いじゃないけどそれを見て醒めてしまった。
(もう終わりね…)
『豪華な食事をして熱い夜を愉しもう』
メールにはそうあった。
(なに、これ…)
私は唖然とした。
「志乃ちゃん、お風呂はあとでね。一緒に入ろうね」
にやっと笑った脂ぎった顔を見て鳥肌が立った。
(こんな男だったのかしら…)
「ワイン冷やしてあるんだ。志乃ちゃん、未成年だけど大学生になったから少しくらいいいよね」
ふたたび向けられた笑い。口元から覗いた舌がとても下品に感じた。
「私、帰ります」
とっさに言葉が出ていた。
「え?」
きょとんとした顔。
「私、彼氏ができたの。今日はそれを言いに。だからもう…」
「うそだろう?」
「ほんとです」
「だって、この間会った時は何も…」
「最近親しくなったの。もうメールも電話もしないでください」
先生は何か言おうとして口ごもり、急にうろたえた。
「じゃあ、レッスンはどうするの」
「大学の先生にお願いしました。お世話になりました」
そこまで決断してきたわけではないのにすらすらと嘘がついて出た。もういいという気になっていた。もし先生に大人の男らしさを感じていたらそのまま抱かれていたかもしれない。少しはその気で来たのだから。……
勘違いした服装とファミレスセット。好意的にとれば私を喜ばせようと考えてのことだろうけど、気持ちがずれている証しでもある。それに肉体目当ての血走った目を見たら幻滅してしまった。
「失礼します」
帰りかけたら先生はちょっとふてくされて、
「冷たいんだな。またメールしちゃうかも」
「やめてください。奥さんに言いますよ」
この一言は効いた。先生はたじろいで俯いてしまった。
これが先生との別れだった。呆気なくて笑ってしまう。胸を焦がして心を奪われ、しかも自ら誘って結ばれたというのに未練はまったく残らなかった。
帰り道、
(他の人はどうなんだろう…)ふと思った。
(初めての男…)
その存在、その面影は何らかの意味をもって心に仕舞われているのだろうか。
私の場合はそれだけだった。ふと考えただけ。さばさばしてすっきりした。その理由は明白である。
(美和子さん、玲奈…)
そして絵理とサリーの顔も浮かんでくる。奥深い快楽の世界を知ってしまった私には先生の面影は付いてこなかった。
(波に乗っていたいの…心ゆくまで漂っていたいの…そんなセックス…)
私は知らずうちに足を速めていた。
美和子と玲奈と体を合わせた夜。これこそ私の初体験といってもいい。あの酔いしれる甘美な世界を体感したらもう虜になってしまった。
ところで、美和子は『掟』という言葉を使ったけれど、それほど厳格なものではないことが追々わかってきた。要するに、寮にいる金管6人の密かな営み、愉しみのこと。それを秘密にしておくということだ。外部に洩らさないのは勿論だが、美和子は、2人だけの秘密と言ったから、仲間の中でも詳細な行為や嗜好については個々の胸に秘めておくということのようである。
面白いのは生理の時の決まりである。期間中は『全員入浴』からは除外される。体調によっては入れない時も入りたくないこともあるからそれは当然なのだが、完全に終わっても3日間は誰とも接触してはいけないというのだった。理由は相手へのマナーだという。お互いに清潔な体を提供するために念には念を入れて清める。不順な時もあるから理由としては理解できる。
このことはみんなで初入浴した後、サリーが生理になって知らされたことだ。『全員入入浴』についていえば、その後、6人全員が揃うのは意外と少ないことがわかってきた。生理後3日規定を含めて誰かしらが欠けるのである。だから5人の時もあれば4人だったり、1度なんて下條さんと2人だけの時があって、私たちはずっとくっついていたものだ。