ミンナ生カシテアゲル 18
カカシは奈都の肩をそっと撫でる。
くどい様だが彼は妻帯者であり、奈都の恋人や夫でも、特別に親しい友人でもない。
普通の同級生として、良識ある大人の対応であった。
「僕に至っては誰かを助ける名目さえない…本当に自分が納得したかっただけだ。」
「・・・。」
「赤城さんは自分自身を嫌いになりかけてるみたいだけど、責任を持って解決にあたろうとしている。」
「・・・。」
「今出来る事をするだけだ、そうだろ?」
「カカシ君って本当に…よくできた大人だね…。」
ぐしゃぐしゃに泣き崩れた奈都はどうにかギリギリの笑顔に使命感の輝きを取り戻した双眸をたたえ、カカシを見上げた。
「ほむぅ…カカシ君の奥様…料理上手いねぇ…こきゅ。」
立ち直った奈都はカカシお裾分けの夜食で小腹を満たしつつ出支度をしていた。
妻のサンドイッチを食べながらカカシは満足げにふむふむとうなづく。
物置がわりという状態の旧保健室はそれなりに物が揃っていた。
奈都は半ば着のみ着のまま飛び出して来たので都合がよかった。
非常用袋のリュックへ探索に必要な物を吟味してつめてゆく。
やはり新保健室に移された(と思われる)医薬品は見つからず、当然ながら武器らしい武器はなかった。
奈都は催涙スプレーとは別に持ってきた、単三電池仕様の小型スタンガンぐらいだ。
クリップとゴム紐で簡単な脱落紛失防止をした上でポケットに忍ばせている。
それと間に合わせの棍棒がわりにデッキブラシだ。
カカシはジュラルミン製の特殊警棒を手首からストラップで下げている。
リーチを読ませないフェイントと多少の法令的(正当防衛)な意味で平時は縮めた状態にしていた。
「催涙スプレーか防犯サスマタでもあればなぁ…。」
「無いものねだりよねぇ…。」
奈都の催涙スプレーはカカシの応急修理でどうにか直ったたが、肝心のガスを切らしていた。
詰替ガスが見つかる可能性に期待して一応まだ持っている。
決定的なアイツの弱点がわかるまでは、殺傷力よりも逃走の手助けになる何かがいる。
手製の弓矢・手裏剣・鉄砲の類は材料のありかも作り方もわからないし、殺人鬼相手でも使用を躊躇う。
ありあわせの道具と、他の生存者の協力に頼るしかない。
「換気…しようか…?」
思いつく限りの準備を済ませた奈都がおずおず申し出た。
小便まみれの服や下着はゴミ袋で密封し、室内には消臭剤を撒いていた。
当のカカシは奈都の失禁なぞ察していたし、悪臭が残った訳でもないが、彼女も女性である。
「待てやめろ…」
カカシが咎めるより先に、羞恥が勝っていた奈都は既にカーテンを開けてしまった。
「…なんかいる!」
「え?」
窓の外に
なんかいた
顔のない顔
辛うじて二足歩行の体系を保った『何か』であった。
全体像は明らかに自然界では見かけない、あらぬ向きに身をくねらせた不自然な『何か』である。
人型を模した無機質な異形の『何か』。
生気が失せたというよりも、そもそも生の概念を持たないのか、肌色と呼べない肌は妙に滑らかな灰色。
何かしら不幸で四肢を折り曲げられた事故死体にも見えた。
さながら邪教の傀儡と化し死してなお生かされる哀れな屍人。
「落ち着け赤城さん!」
「あぃ…えぇ?」
「マネキンだ。」
「は?」
それは古びたマネキン、正しくは車の運転テスト等に用いられるダミー人形。
塗装も表記も剥がれ落ち、風化した樹脂の地肌を晒していた。
奈都は二度目の失禁を免れ安堵しかけ、気付いてしまった。
ちょっと待てコイツいつから置いてあった、少なくとも着替えの為にカーテンを閉める時はなかった。
「ああ、それ動くぞ。」
カカシがさらりと言った通りどこかへ行ってしまった。
多分ルール説明にあった使い魔とやらだろう。
それに残飯にありつける場所でもないのに、矢鱈とカラスが妙に多い気もした。
どちらも今の所ルール通りこの『安全地帯』に手出ししてくる様子はない。
「モンスターデータとか。」
「持ってる訳ないだろう。」
二人は念の為、今しがた充電の済んだ携帯の着信を確かめるが、流石のアイツもそこまでぬるいゲームにする気はないらしい。
兎に角、準備の整った二人は保健室を出る…。