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逃亡記
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逃亡記 3

(あの辺りは、確か…)
そこは古書や絵画などを保管してある所だった。
先代の藩主が熱心な書画の蒐集家だったため、なかなかの名書も多々ある。
俊明はそれらをこの蔵の中で一人こっそり眺めるのが密かな楽しみなのだ。
(私の他にも同好の士がおったのか…あるいは…)
彼は嫌な予感がした。
たまに、探しても探しても何故か目当ての書画が見付からないという事が今まで何度かあったのだ。
彼は気配を殺して灯りの方に近付いていった。
声が聞こえ来る…。

「ほほう…これは雪舟の水墨画、こっちは源実朝の書かぁ…さぁて今度はどれを売ろうか…ククク…これでまたしばらく遊べるぞ…まっこと、ここは宝の山よのう…」
「そなた!そこで何をしておる!?」
「うわあぁっ!!?」
そこに居たのは俊明の同僚、上村重文だった。
床に数々の書画を広げ、手に取って吟味していた彼は、いきなり俊明に声を掛けられ、飛び上がらんばかりに驚いた。
「何だ佐藤か!驚かすでない馬鹿者!」
「か…上村殿、これは一体どういう事でございますか!?説明してくだされ!」
「フンッ…どういう事も何も、今の俺の独り言、貴様も聞いていたであろう」
「以前から時たま書画が無くなっておると思うておったが…あなたの仕業でござったか!」
「そうじゃ!」
上村は悪びれる様子も無く言い放った。
「クックックッ…既にかなりの数の書画を金に変えさせてもろうたわ。だが誰も気付く者はおらぬ。貴様のような物好き以外はのう」
「あ…あなたはご自分がどれほどの事をしておるのか解っておいでなのか!?藩の所蔵品を勝手に売り払って金に変えるなど…もし上に知れれば間違い無く切腹でござるぞ!」
「ヘッ…大袈裟じゃのう。俺と貴様が黙っておれば済む話であろう」
「うぬぅ……わ、解り申した。同じ職場に勤める仲間のよしみでござる。拙者、この事は武士の名に掛けて誰にも口外せぬ事を誓いましょう…」
「フフン…そうそう、それで良いのじゃ」
「その代わり、あなたも二度とこのような事はせぬと約束していただきたい!」
「それは嫌じゃ!」
「上村殿っ!!」
「ケッ!佐藤!貴様はいつもいつも良識者ぶって奇麗事ばかり口にする!俺は貴様のそういう偽善者じみた所が前から大っ嫌いだったのだ!」
「…あんたがそう思うんなら、それでいい。だが今はその話ではないでしょう!もうこのような真似は止めよと言うておるのだ!!」
相変わらず挑発的な上村の物言いに、俊明もカチンと来たのか、思わず声を荒げる。
それに対して上村は答えるでもなく、半ば自らに語り掛けるが如く話し始めた。
「…俺は時々、堪らない気持ちになるのだ。毎日々々、各部署から回されて来る、事実上もう何の価値も無くなった書類をさばき、このカビ臭い穴蔵のボロ紙の山の中に加える。毎日々々同じ事の繰り返し。俺はこんな下らぬ事をして一生を終えるのか。俺がこの世に産まれたのは、かような下らぬ事をするためなのかと…そう考えると俺は堪らぬのだ。このボロ紙の山を見よ!まるで俺の人生のようではないか!長い年月を重ねて出来たのは、この何の意味も無いゴミの山よ!」
上村は両手を大きく広げて芝居じみた語り口で言った。
その言は半ば自分に酔っている感が見受けられた。
「上村殿、あんたにはこの書物達が何の価値も無いゴミの山にしか見えんのでしょうなぁ…。私はそうは思わんよ。一つ一つ、意味があってここに存在している書物だ…」
言いながら俊明は手元の一冊を手にとってパラパラとめくった。
「…あんた、今まで一度でも過去の書物を手にとって、じっくり読んでみた事があるかね? 書物は語り掛けてくる…これを作ったのはどのような人物だったのか…その時の状況はどうだったのか…どんな気持ちで筆を走らせていたのか…」
「フンッ!くだらぬ!そんな物は全て貴様の勝手な妄想に過ぎぬではないか!」
「そう言われてしまえば、それで終わりだ。だが文章その物から得られる知識や教訓だってあるぞ。いや、例え何の益にもならぬような書物であったとしても、そこにはそれを書いた人間の営みが、息吹きが感じられる。すると何百年も昔に生きていた人々が急に身近に感じられる。いわばこれらは歴史その物だ。私にはこちらの方が宝の山に思える。どれもこれも、掛け替えの無い宝の山だ。私はこんな素晴らしい所で働ける事を誇りに思う。だって我々の仕事はこの宝達を後の世に伝えていく事、その手助けをする事なんだから…!」
俊明は自分でも気付かぬ内に熱く語っていた。
いつの間にか目を輝かせて上村に訴えていた。
だが上村は溜め息混じりに吐き捨てた。
「ハァ…だから俺はお前が嫌いなんだよ」

…と言うが早いか、上村は手に持っていた燭台を山と積まれた書物の山の方へ投げ捨てた!!

「な…何をする!!?」
「黙れぇ!!!俺は知っておるのだぞ!!貴様、勘定方へ移動する事が決まっておるのだろうが!!なぁ〜にが“こんな素晴らしい所で働ける事が誇り”だぁ!?ふざけるな!!いずれ去る身の貴様が白々しい!!貴様、内心では俺を小馬鹿にして鼻で笑っておるのであろう!?そうだ!!いつもいつも貴様が仲間達と共に俺の陰口を叩いて俺を嘲笑っておる事を俺は知っておるのだぞぉ!!?」
「上村殿!!あんた一体何を言っとるんだ!?そのような事は無い!!それに移動の話だってまだ決まった訳では……いや!そんな事を言っている場合ではない!!早く火を消さねば!貴重な書物達が燃えてしまう!!」
既に燭台の火は書物に燃え移り始めている。
「ヒァーッハッハッハァッ!!!良いぞ良いぞぉ!!こんな物は燃えてしまえば良いのだぁ!!」
上村は床に広げていた書画を乱暴に掻き集め、更に棚に積まれた桐箱に納められた物を数点ほど、手に抱えられるだけ抱きかかえると出口の方へと向かって行った。
「おい!!待たぬか!!それをどこへ持って行く気だ!?」

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