六花 2
「余計なお世話! あんたらみたいに生ぬる〜い暮らしでたるんでるのと違って、あたしは山窩(さんか)の民、そんなヘマするわけないでしょ。なにさ、いきなりそんなこと言うなんて、頭でもおかしくなった?」
山窩の民というのは、簡単に説明すれば日本のジプシー…山中を移動しつつ生活し、たまに物々交換をするのに人里へ下りてくるが、それ以外では滅多に姿をみせない。…棗はちょっと、例外のようだが。
「そなた山の民か!?」
歩みを止めて亜理礎が振り返り、驚いた声を上げた。
「媛、山の民は初めてですか?」
刑部と呼ばれた男は優しく亜理礎の顔をのぞいた。
「話に聞いた事はあるが、見るのは初めてです。」
亜理礎は興味深そうに、ナツメに近づくとその姿形を凝視した。
「なんだいなんだい!あたしは珍獣じゃないよっ!」
ナツメはぶら下がっていた木から、一回転して降りると、2人の横に並んだ。
亜理礎も、その美しさと武勇で近隣に名をはせるだけあって、身長は低い方ではない。
しかし、その亜理礎よりナツメの身長は拳一個分高かった。
「そなた名は?」
亜理礎は、興味深そうに問うた。
「無礼な媛だね。自分の名から名乗るのが礼儀だろ?」
ナツメは臆せず応える。
亜理礎はそれを見ると、ほほほほと嬉しそうに笑った。
「山の民は何も畏れぬというのは本当のことのようじゃの。よろしい。私は武埴安王と吾田媛の娘、亜理礎だ。そなたの名はなんという。」
「あたしはナツメ。誰の娘かってことは、あんたらには重要かもしれないけど、あたしらには関係ない。あたしはナツメ。それだけだ。」
凛と言い放たれた言葉に、亜理礎はハっとした顔をした。
「誰の娘かということは関係ない……そのような世界に私も生まれていたら……」
目を細めてナツメを見、そっと溜息をつく。
亜理礎はこの間、河内の里を出る前に、偶然聞いてしまった父武埴安王(たけはにやすおう)と、母吾田媛(あたひめ)の会話を思い出していた。
それは今の大王(おおきみ)、御真木の大王(みまきのおおきみ)に対するものであった。
「御真木が大王に立ってから3年。疫病が流行り、多くの人民が毎日のように死ぬ。
やはり彼は大王の器ではなかったのだ。三輪山の麓に瑞籬宮(みずかきのみや)を造ること自体が間違っている!あれでは三輪の一族におもねっているだけではないか。」
青筋を立てて怒鳴りまくる武埴安を、吾田媛がそっと押し止めた。
「しかし、三輪の一族を手に入れないことにはこの大和の国をおさめること叶いませぬでしょう。それも、仕方のないことなのでは。」
「何を言うか!三輪の一族の手を借りぬと出来ぬ平定など、やめてしまえばよい!あいつは昔から学問ばかりで武勇がない。そのような奴に大王がつとまるかっ!」