クロス大陸戦記 38
「誰も見とらんのだ。本気でくるがいい」
リダールは訓練場の真ん中まで進んで振り返った。
手を抜ける筈が無いのだ。
相対したゼスティンの背を冷たいものが流れた。
たかが木剣と笑い飛ばす余裕は、ゼスティンには無い。リダールを達人であると言える理由は正に其処にあったのだから。
ゼスティンの剣が静かに上がり、構えが定まる。
正眼。
木製とはいえ、剣の重さはかなりのものだ。膂力にものをいわせて振り回すのも手だが、力任せが通用する相手ではない。
対してリダールは構えをとらない。右手に剣をぶら下げたまま、無造作に立ち尽くしている。
双方動かぬままに1厘(10分)近くの時が経つ。
ゼスティンの額を汗が流れ、期せずして右目に入った。
「っつ!?」
反射的に右目を閉じる。
瞬間。ゼスティンの左目はリダールの姿を見失っていた。
…しまった!
己の迂闊さに舌打ちする間ももどかしく、勘を頼りに半歩左へ。
ビシッという風を切る音がして、リダールの剣撃がゼスティンがいた場所を裂いた。
リダールの剣は止まらない。一旦は膝の辺りまで下がった鋒先が風を切って跳ね上がる。
紙一重の攻防。ゼスティンの頬を木剣が掠め、擦過傷をつくる。
凄まじい剣圧に頬を叩かれ、漸く戻ってきた右目の視界が歪む。直に殴られようものなら徒では済まない事は、火を見るよりも明らかだ。
剣で打ち合うことはせずに、ひたすら回避して隙を窺う。
十何度目かの剣閃を躱し、跳びすさったゼスティンの背に衝撃があった。
…人形か!?
訓練場の一角には矢の的にする人形がある。丸木の杭で固定されたそれにぶつかってしまったらしい。
ゼスティンの息継ぎと足の運びが僅かに乱れる。
それを見逃さず、リダールは容赦無くゼスティンに追い打ちを掛けてきた。
ゼスティンは頭上から落ちてくる剣撃を無理矢理に身を捻って躱し、大きく跳びすさってリダールの刃圏から身体を引っこ抜いた。
不自然な姿勢で身を躱した所為で身体のあちこちが悲鳴を挙げる。
「くぅっ!?」
奥歯を噛み締め、立て直す。
そして一瞬。
カシュッという軽い音と共に人形が杭ごと縦に真っ二つになった。
人形の残骸からリダールが破壊の元凶を引き抜く。何の変哲も無い木剣。
ゼスティンが斬撃を受け止めなかった理由が、これでもかとばかりに示された。
リダールの手に握られたものは、例え元が貧弱な木の枝であろうと、なまくらのバターナイフであろうと、等しく無比の鋭刃となるのだ。さながら、あらゆる物から武器を作り出すように。