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クロス大陸戦記
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クロス大陸戦記 37

 ウルドとディオスが『勉強会』を始め、トロアも散歩に出掛けると、一人になったゼスティンの思考は過去に飛んだ。
 ハートノルド前伯爵の話になったからかもしれないが、思い出したのは剣の師匠のことだった。

     ◇

「ゼスティン。アズマが何処に行っとるのか知らんか?」
 訓練場の隅で剣を振っていたゼスティンに、初老の男が話し掛けてきた。
「あぁ、先生。いえ、朝早く出掛けていったのは知ってますけど…」
 ゼスティンは手を休めて首を傾げた。
 老人の名はリダール=グラハン。後にその名を知られる事となる。
 グラハンと言えばゼビア随一の武人として、知らぬ者はいない有名な人物だ。
 しかしながら、ゼスティンとアズマが彼の弟子として名を馳せるまでは全く無名の人物だったと言ってよい。
 否、ロークでは有名だった、と言うべきか。それも剣腕ではなく、奇行で、である(ある侯爵に桶一杯の水を浴びせ掛けた話は余りにも有名だ…)。
 剣士でありながら、真剣を抜く事は滅多に無いのもその一因だろう。
 ゼスティン自身、彼から剣の使い方を教わったことが無いのだ。
 ごく稀に木剣を使って立ち合うだけで、振り方や型等は全く教えてくれなかった。
 彼から叩き込まれたのは『今、ここで、死ぬ覚悟』だけだった。未練は人を弱くする、と言うのだ。
 実際に力量のある人物の台詞だけに、かなりの説得力があった。
 結局のところ、彼が変人奇人の類だったのかと言われれば、その通りだ。ゼスティンも反論は出来ない。
 ともあれ閑話休題。
 リダールは諦めたように溜め息を吐いた。
「また厄介事に首を突っ込んどるのじゃろ…が、まぁ良いわい」
 孫を心配するような顔でそう言って肩を竦めると、右手に持っていた二本の木剣の片方をゼスティンに差し出した。
「どうじゃ、仕合わんか?」
 ゼスティンは目を丸くした。
「珍しいですね…」
「老い先の短い身じゃからな。たまには弟子の成長を見ておかんとならん」
「そのような仰り様はどうも…」
 思いがけない提案だったが断る道理はない。何か引っ掛かるものを感じたが、機会を逃したくないという気持ちに違和感はあっさり払拭された。
「では、来月の剣術大会に出るつもりなら、ということですか?」
 ゼスティンが苦笑いで木剣を受け取ると、
「未熟者を試合に出しても恥を晒すだけじゃ」
 リダールは憮然としてそう言った。

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