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クロス大陸戦記
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クロス大陸戦記 36

 これは嘘ではない。
 亡くなった先代の伯爵、グラディエ=ハートノルドはゼスティンの父であるメキスの政友であったから、ロークにあるメキスの邸を訪ねてきた彼と、何度か歓談した事があった。
 当然、彼の娘であるレミアの事が話題になったこともある。
「え?彼女って…伯爵は女なんですか?」
 ディオスが声をあげて驚いた。
「そうですね。レミア=ハートノルド伯爵。都でも有名な才媛ですよ」
 ゼスティンは振り向いて言った。
 最後尾にいたウルドが顎を撫でながら唸った。
「というか知らなかったことが問題でしょうね。無教養にも程があるというもの。帰ったら私と一緒に『書斎』に…」
「いやいやいや!とんでもない。謹んで遠慮させていただきます!」
 ウルドの台詞を遮ってディオスは慌てて言葉を挿んだ。
「そうですか?残念ですねぇ」
 本気で残念そうな口振りのウルドに、ゼスティンとトロアは顔を見合わせて苦笑した。
「と、兎に角!日が暮れる迄はまだ2刻(4時間)程時間がありますから何処かで時間を潰さないと」
 ディオスは話題を逸らそうと必死になっている。以前に何かあったのか、明ら様に表情が引きつっている。
 ゼスティンは気付かない振りをして話題に乗った。
「そうですね。あと半刻で街に着くようならこの辺りで時間調整が要ります」
 辺りを見回してみるが適当な場所が見当たらない。「もう少し先に進むべきでしょうか」
「右に入った方に川があります。其処まで出たらどうですかね」
 雑嚢から地図を出して、ウルドが提案した。
 ゼスティンも馬を並べて地図を覗き込む。木々に遮られている所為か水音は聞こえて来ないが、ごく近くに在るようだ。気を付けていると、微かに水の匂いがする。
「良いでしょう。取り敢えず一刻(2時間)程其処で休みます」
 ゼスティンの命令に従って3人が速やかに動いていく。と、先頭になっていたウルドが後ろを振り向いた。
「ところで、ディオス。時間もある事ですし軽く勉強しておきますか?」
 ウルドの眼が鋭く光った。獲物を見つけた猛禽のように。
「い…いやだぁぁぁ!」
 ディオスの叫びが森に谺する。
 ゼスティンとトロアは聞こえない振りで、温かく見守ることにした。

 森に隠されて全く見えなかったが川はそれなりに幅のある緩やかなものだった。
 馬に水をやり、川岸の手頃な木陰に腰を落ち着ける。

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